ある企業が、多様な専門性を持つ人々によって新しいサービスを開発しようとしたとします。マーケティング担当者、デザイナー、エンジニア、カスタマーサポート担当者が集まっています。さらに、さまざまな利用経験を持つ人々にも意見を聞いています。この体制には、意味があるでしょう。

しかし、集めた意見を、経営者が最初に考えていた方針へ都合よく整理してしまったらどうでしょうか。異なる意見を持つ人が参加していても、その意見が実際の判断に影響しないかもしれません。また、さまざまな意見が出ていたとしても、互いの根拠を十分に検討しないまま、一つの結論を選ぶ場合もあるでしょう。

多様な人々が参加しているという事実だけで、判断が客観的になったと言えるのでしょうか。

この問題を考えるために、今回は、客観性を一人の研究者の性質ではなく、集団の中での批判の過程から考えた科学哲学者、ヘレン・ロンジーノの議論を読んでみたいと思います。なお、記事中のサービス開発や調査の例は、論点を説明するための仮想例です。

客観性は、一人の研究者が持つ性質なのか

ロンジーノは1990年の『Science as Social Knowledge: Values and Objectivity in Scientific Inquiry』で、科学的な知識が社会的な過程を通して形成されることを論じました。私たちは、科学的な知識を、優れた研究者が個人として厳密に観察し、正しく考えることで生まれるものとして捉えがちです。もちろん、個人の能力や研究方法は重要です。しかし、ロンジーノは、それだけでは客観性を十分に説明できないと考えました。

同じデータから、異なる説明が生まれることがある

例えば、ある現象について、二つの理論が提案されたとします。どちらも、現在得られているデータと矛盾していません。しかし、何を重要な原因と考えるかについては、違いがあります。このような場合、データだけでは、どちらの説明を採用するべきかが十分に決まらないことがあります。

理論を選ぶときには、研究者が持つ背景的な前提や、説明の方法、研究の目的などが関わります。その前提には、研究者が意識していない社会的な価値観が含まれている可能性もあります。ロンジーノは、こうした前提を、ほかの研究者たちによる批判的な検討の中に置くことを重視しました。

特定の研究者が、自分だけであらゆる偏りを取り除こうとするのではありません。異なる視点から、証拠や方法、推論の前提を検討することで、個人には見えなかった問題を明らかにしていくのです。ここでの客観性は、単に研究者個人の心の中にある態度ではありません。知識を生み出す集団が、どのように批判を扱っているのかという問題にもなります。

批判を聞くだけでは、十分ではない

ロンジーノは後年の『The Fate of Knowledge』(2002年)などで、知識を生み出す共同体に必要な条件をさらに整理しました。特に興味深いのは、批判が存在することと、その批判が実際に検討されることを区別している点です。形式上は意見を述べる機会があっても、ほかの研究者たちがその意見を真剣に検討しなければ、十分ではないでしょう。批判によって、実際に前提を見直す余地があることが重要になります。

私は、ここに客観性を考えるうえでの重要な転換があると感じました。客観的になることは、一人で偏りのない視点に到達することだけではない。ほかの人から、自分の前提を問い直してもらえる状態をつくることでもあるのです。

異論があることより、
異論によって検討が進むこと

ロンジーノが重視した、社会的な批判が機能するための4つの条件

  1. 01|Venues批判できる場証拠・方法・前提について、異論を述べられる。
  2. 02|Uptake批判への実質的な応答指摘が検討され、必要なら考え方が変わる。
  3. 03|Public Standards公開された評価基準何を根拠に評価するか、共有されている。
  4. 04|Tempered Equality適切な知的権威の平等参加資格のある人の批判を、立場だけで軽視しない。

形式だけの議論「意見は聞きました」

検証が働く議論「その指摘で前提を見直しました」

批判のすべてを
採用するという意味ではない。

根拠の弱い批判や、すでに検証された問題を繰り返す批判もある。必要なのは、適切な基準に基づいて応答できること。

※Longino(1990、2002)の科学的共同体に関する議論を簡略化した図です。4条件はロンジーノの理論に基づき、最下段の会議での言い換えは筆者による応用です。

多様性と、批判が機能することは違う

冒頭のサービス開発の例に戻ります。ロンジーノの議論を参考にすると、重要なのは、異なる立場の人が存在することだけではありません。その人々が、証拠や前提について批判できること。批判の根拠が、適切に検討されること。そして、その検討によって、必要なら判断が変わり得ること。そうした条件が重要になります。

例えば、デザイナー、エンジニア、マーケティング担当者が、それぞれ異なる指摘をしたとします。このとき、それぞれの指摘を独立した意見として並べるだけでは、十分ではありません。

指摘を並べるだけでなく、
問いを通して互いに検討する

  1. デザイナー利用者の操作上の困難どの程度の利用者に生じているのか
  2. エンジニア現在の技術的な制約ほかの実装方法によって解決できるのか
  3. マーケティング担当者既存顧客に偏った調査対象結果はどの範囲まで一般化できるのか

情報がそろっても、
価値判断が不要になるわけではない。

何を優先するかで価値観が対立するときは、事実に関する判断と、何を重視するかという判断を区別する。

※筆者が設定した仮想例です。各担当者の指摘と、そこから立てたい問いを並べています。

もちろん、異なる専門家が集まっても、必ず一つの答えに到達するわけではありません。客観的な情報を増やすことは大切です。しかし、情報がそろえば判断が自動的に決まるわけではないのです。

立場が違えば、何を信じるかは自由なのか

ここで、一つの反論が考えられます。誰もが特定の立場から世界を見ているとすれば、結局、客観的な知識など得られないのではないでしょうか。ある人にとって正しいことが、別の人にとっては正しくない。それぞれ異なる立場があるのだから、何を信じるかは自由でよい。そのような結論になるのでしょうか。私は、そうは考えません。

立場によって見え方が違っても、事実は検証できる

例えば、あるサービスで、利用者が申し込み途中に離脱したとします。利用者と企業の担当者では、その原因の捉え方が異なるかもしれません。しかし、それだけで、どちらの説明も同じように正しいと考える必要はありません。

見え方が違っても、
事実は確かめられる

利用者の認識申し込み方法が難しかった

担当者の認識必要な情報を十分に読まなかった

根拠を増やし、仮説を比較する

  1. 01操作を観察する実際にどう操作しているか
  2. 02時間を調べるどの画面で時間がかかったか
  3. 03理解を確かめる表示された説明が伝わっていたか
  4. 04再現を検証する別の利用者でも同じことが起こるか

すべての原因を、
完全に特定できるとは限らない。

それでも、根拠を増やし、仮説を比較することはできる。

※筆者が設定した仮想例です。

私は、客観性を考える際に、この姿勢を失いたくありません。自分の立場を認識することは、事実を確かめることを放棄する理由にはならないはずです。むしろ、自分の立場によって何が見えにくくなっているかを考えることで、調査の方法や検証の範囲を見直せるかもしれません。

どの視点にも、自動的な正しさはない

同時に、ある立場にいる人の経験を、無条件に正しいものとして扱うことにも注意したいと思います。例えば、顧客は、自分がサービスを利用した経験について、重要な情報を持っています。しかし、その経験の原因について、必ずしも正確に説明できるとは限りません。企業の担当者も、サービスの設計意図や技術的な制約について、重要な知識を持っています。しかし、その知識だけで、顧客がどのような問題を経験しているのかを理解できるとは限りません。

異なる立場には、それぞれ知ることのできるものと、知りにくいものがあります。だから、どちらか一方の視点を、最初から正しいものとして選ぶのではありません。それぞれの情報を、何を根拠にしているのかに応じて検討する必要があります。

調査や企画の前に、何を問い直したいか

今回の学習を踏まえて、私自身が調査や企画を進めるときに確認したいことを整理してみます。

調査や企画の前に問い直したい、
四つのこと

  1. 01誰のための調査か現在の利用者だけでよいのか。利用をやめた人や、利用できなかった人も知る必要があるのか。答えは調査の目的によって変わる。
  2. 02何を前提にしているか問題の原因を、最初から一つに決めつけていないか。機能不足ではなく、使い方が伝わっていない、機能が多すぎるといった可能性はないか。
  3. 03誰の経験が含まれているか担当者と顧客、顧客同士でも見え方は違う。その違いを、何を理解する手がかりになるのかまで考えているか。
  4. 04考えを変えられるかどのような結果が出たら、現在の仮説を見直すのか。反対の意見を、どのような基準で検討するのか。

※ロンジーノらが提唱した調査手法ではなく、筆者が仕事で使うために整理した問いです。

すべての案件で、同じ手順を実施する必要があるわけではないでしょう。調査の目的や規模、利用できる予算によって、検討の深さも変わります。それでも、判断の根拠を確認するときに、自分たちの視点だけで世界を説明していないかという問いは、持ち続けたいと思います。

おわりに|異論を、検討に生かせるか

ロンジーノは、個人の判断だけではなく、証拠や前提を互いに批判できる社会的な過程に、客観性の重要な条件を見いだしました。この視点は、調査やデザイン、ブランド戦略を考えるときにも重要だと思います。多様な意見を集めても、その意見がどのような根拠を持っているのかを検討しなければ、判断は深まりません。そして、自分たちが見落としているものがある可能性を考えなければ、新しい情報に出会う機会を逃してしまうかもしれません。

自分には何が見えていて、何が見えていないのか。
どのような立場から、何を問題として考えているのか。
そして、ほかの人々の経験や批判によって、何を確かめ直すことができるのか。

こうした問いを持つことが、よりよい理解につながるのではないでしょうか。

次に異論が出たとき、私たちはそれを「聞いた」だけで終わらせるでしょうか。それとも、その指摘によって、自分たちの前提を見直せるでしょうか。

参考文献・出典

サービス開発や調査の事例は、概念を理解するために筆者が作成した仮想例です。原典の議論と、マーケティング・デザインへの応用は区別して記述しています。

  1. Longino, H. E. (1990). Science as Social Knowledge: Values and Objectivity in Scientific Inquiry(新しいタブで開きます). Princeton University Press. 科学的知識の形成と、背景的な前提、社会的な批判の役割を扱った著作。
  2. Longino, H. E. (2002). The Fate of Knowledge(新しいタブで開きます). Princeton University Press. 批判を受け入れる共同体の条件と、社会的な知識形成を扱った著作。
  3. Stanford Encyclopedia of Philosophy, Feminist Social Epistemology(新しいタブで開きます)(2018年改訂)。位置づけられた知、立場理論、強い客観性、社会的過程としての客観性についての学術解説。