ある企業が、自社サービスの利用者を分析しているとします。顧客データを確認すると、過去90日間、一度もログインしていない人が一定数いました。企業は、この人たちを「休眠ユーザー」と分類します。利用を再開してもらうために、メールや広告を使った施策を検討することになりました。
しかし、休眠ユーザーと呼ばれている人たちについて、もう少し詳しく調べてみると、異なる状況が見えてきました。ある人は、以前の仕事では頻繁にサービスを使っていましたが、部署異動によって利用する機会がなくなっていました。別の人は、サービスに不満を持っているわけではありません。利用する必要が生じたときだけ、年に数回使っています。また別の人は、操作方法がわからず、利用をやめていました。
三人とも、過去90日間ログインしていません。その意味では、同じ休眠ユーザーです。しかし、再び利用してもらうために必要なことは、それぞれ異なるでしょう。
同じカテゴリーでも、
同じ人ではない
90日間ログインしていない3人。同じデータから、異なる利用状況が見えてくる
- Aさん90日間ログインなし部署異動で、使う必要がなくなった
- Bさん90日間ログインなし年に数回だけ、必要になる
- Cさん90日間ログインなし操作方法がわからず、利用をやめた
Customer Segment
休眠ユーザー
企業の分類:過去90日間ログインなし
同じ施策でよいのだろうか?
- Aさん新しい利用機会を確認する利用を促しても、現在の仕事では必要がないかもしれない。
- Bさん必要なときに使いやすい状態を保つ利用頻度が低いこと自体に、問題がない可能性がある。
- Cさん操作上の障害を解消する割引やキャンペーンより、利用方法の改善が適切かもしれない。
分類によって共通点は見える。
しかし、行動の理由まで同じになるわけではない。
※分類された人々の間に存在する違いを示す仮想例です。カテゴリーは一定の行動を把握するために有効ですが、その行動の原因までは説明できない場合があります。
ここで気になることがあります。
同じカテゴリーに分類できることは、同じような人だと理解できたことを意味するのでしょうか。
もちろん、分類には重要な役割があります。数万人の顧客について、一人ひとり異なる説明をしていたら、全体の状況を把握することは難しいでしょう。共通する特徴によってグループをつくることで、傾向を調べたり、施策を検討したりできるようになります。一方で、分類することによって、もともと存在していた違いが見えなくなる可能性もあります。
前回の記事では、客観性について考えました。私たちは、物事を観察する際に、自分の立場や、調査の方法から完全に自由になることはできません。では、観察した情報を整理するためのカテゴリーについてはどうでしょうか。
Questions客観的に見ているつもりの私たちは、何を見落としているのか?ハラウェイ、ハーディング、ロンジーノから、知識と立場の関係を考える。
どのような基準で分けるのか。
誰がその基準を決めるのか。
分類された人々は、その分類によってどのような影響を受けるのか。
今回は、分類という行為そのものについて考えてみたいと思います。なお、冒頭の企業や顧客の事例は、問題を説明するための仮想例です。
分類しなければ、私たちは世界を理解できない
私たちは、日常生活の中で、さまざまなものを分類しています。食べ物を、野菜や果物、肉や魚に分ける。仕事を、営業、企画、制作、管理といった役割に分ける。顧客を、新規顧客と既存顧客に分ける。こうした分類は、複雑な世界を理解するために役立ちます。
例えば、ある企業に10万人の顧客がいたとします。その全員について、生活環境や購買理由、サービスの利用状況を一人ずつ調べ、常に個別に判断することは、現実的ではありません。そこで、年代や居住地、購入金額、利用頻度や購買履歴といった共通する特徴を使って顧客を分類します。そうすることで、顧客全体の傾向を把握しやすくなります。
商品やサービスを設計するときにも、分類は役立ちます。初心者と経験者では、必要な説明が異なるかもしれません。同じサービスでも、仕事で利用する人と、個人的な目的で利用する人では、求める機能が違う可能性があります。
では、分類の何が問題なのでしょうか。私は、分類すること自体が問題なのではないと思います。むしろ、分類によって何ができるようになり、同時に何が見えなくなるのかを理解することが重要なのでしょう。
分類は、現実の一部を取り出す
例えば、ある人を「30代の会社員」と分類したとします。その人が30代であり、会社員として働いていることは、事実かもしれません。しかし、それによって、その人がどのような生活を送り、何を大切にし、どのような商品を必要としているのかまで理解できるわけではありません。同じ30代の会社員でも、仕事の内容も、収入も、家族構成も、価値観も違うでしょう。同じ人でも、仕事をしているときと、休日に家族と過ごしているときでは、求めるものが変わるかもしれません。
分類とは、現実に存在する多くの特徴の中から、特定の特徴に注目することでもあります。年齢による分類は、ある商品については意味があるかもしれません。しかし、別の商品では、利用する目的や経験の違いを調べた方が、有益な場合もあるでしょう。
分類された集団が、あらゆる意味で似た人々の集まりになるわけではない。分類を使うのであれば、何を理解するための分類なのかを考える必要があります。
バウカーとスターは、なぜ分類を研究したのか
1999年、ジェフリー・C・バウカーとスーザン・リー・スターは、『Sorting Things Out: Classification and Its Consequences』という著作を出版しました。原題を直訳すると「物事を整理すること:分類とその帰結」といった意味になります。二人が研究したのは、病気の分類、看護業務の分類、行政や社会制度に関わる分類など、社会の中で使われている分類や標準化の仕組みです。
こうした分類は、情報を整理し、異なる人々や組織の間で共有するために必要です。一方で、どのように分類するかによって、社会の中で何が認識され、どのような活動が制度上扱われるのかも変わります。
分類は、目立たないところで社会を動かしている
例えば、医療機関で病気についての情報を共有する場合を考えてみます。病院ごとに、まったく異なる名前や基準で病気を記録していたら、情報を比較することが難しくなります。そこで、共通する分類体系が必要になります。しかし、分類体系に含まれている項目だけで、現実の患者の状態を十分に説明できるとは限りません。分類体系が変更されれば、過去の記録との比較方法も変わる場合があります。ある病気や状態がどのカテゴリーに含まれるのかによって、統計や制度上の扱いに違いが生まれる可能性もあります。
バウカーとスターは、こうした分類が単なる整理のための道具ではなく、社会の活動を支える情報基盤の一部であることを論じました。私たちは、分類された結果を見ることはあっても、その分類がどのようにつくられたのかを普段あまり意識しません。アンケートで職業を選択するとき、なぜその職業区分になっているのかを考えることは、あまりないでしょう。しかし、何を選択肢として用意するかによって、回答の集まり方は変わります。
このような分類の仕組みを、バウカーとスターは社会的・倫理的な問題としても捉えました。
分類が誰にとって役立ち、誰にとって不利益を生むのか。
どのような経験が記録され、どのような経験が見えなくなるのか。
それを考える必要があるということです。
分類は、誰かの判断によってつくられている
例えば、企業が顧客を「優良顧客」と「一般顧客」に分類したとします。このとき、何を基準にするかは一つではありません。
同じ「優良顧客」でも、
基準によって集まる人が変わる
- 購入金額多く買う人一度に大きな金額を使う人が中心になる。
- 利用頻度よく使う人少額でも、日常的に使う人が中心になる。
- 継続期間長く使う人頻度は低くても、長く使い続けている人が中心になる。
その基準を決めたのは、企業である。
「優良」は企業にとっての合理性を表す言葉であり、顧客が社会的に優れていることを意味するわけではない。
※論点を説明するための仮想例です。
購入金額が少ない顧客の方が、企業のサービスに強い愛着を持っている場合もあるでしょう。分類に使う基準によって、同じ人々の集まり方は変わります。だから、分類された結果を見るだけではなく、なぜその基準が採用されたのかを考える必要があるのだと思います。
スコットが考えた、国家から見える社会
分類と社会の関係について、別の視点から研究した人物がいます。政治学者・人類学者のジェームズ・C・スコットです。スコットは1998年に『Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed』を出版しました。直訳すれば「国家のように見ること」といった意味です。スコットが問題にしたのは、国家が社会を管理し、改善しようとするとき、複雑な現実をどのように理解可能な形へ変換するのかということでした。
国家は、複雑な社会をそのまま見ることができない
例えば、ある地域に多くの人々が暮らしているとします。それぞれの人が、異なる仕事をしています。生活環境も、家族構成も、土地の利用方法も違うでしょう。国家が、その地域について政策を考える場合、すべての人の生活を個別に把握することは難しいはずです。そこで、人口や世帯数、土地面積などの情報を集め、職業や収入によって人々を分類します。そうすることで、地域の状況を比較し、行政上の判断に使えるようになります。
スコットは、このように複雑な社会を、国家にとって把握しやすい形へ整理する働きを重視しました。英語では「legibility」という概念が使われ、日本語では文脈によって「可読性」や「判読可能性」などと訳されます。社会が、行政の側から読み取れるようになるということです。
見やすくすることは、すべてを見ることではない
例えば、森林について考えてみます。森林には、多くの樹木があり、動物や植物、土壌などが複雑に関係しています。しかし、木材の生産量を管理することが目的であれば、特定の樹種や木材の量に注目するかもしれません。そうすることで、森林を効率よく管理するための情報を得られます。一方で、その指標だけでは、森林の生態系全体を十分に理解できるとは限りません。
スコットは、プロイセンの林業を含む歴史的な事例を通して、管理のために現実を単純化することの問題を検討しました。ただし、スコットの著作を、あらゆる標準化や行政的な分類が有害だとする議論として理解するべきではありません。標準化によって実現できることもあります。問題になるのは、単純化された情報だけで複雑な現実を十分に理解できたと考え、それをもとに大規模な介入を進めることです。
企業のダッシュボードにも、似た問題はないか
この議論を読んで、私は企業のダッシュボードを思い浮かべました。売上、顧客数、利用頻度、解約率。企業は、さまざまな数値を使って事業の状況を理解しようとします。これらの指標は、重要です。解約率が上昇していれば、サービスに何らかの問題が生じている可能性があります。しかし、解約率という数値だけでは、顧客がなぜサービスをやめたのかはわかりません。料金に不満を持っていたのかもしれません。必要な機能がなかったのかもしれません。あるいは、生活や仕事の状況が変わり、サービスを必要としなくなったのかもしれません。
複雑な現実を、
管理できる情報へ変換する
企業にとって見やすい指標が、顧客の経験を十分に表しているとは限らない
01|Reality
現実の社会・顧客
購買・利用頻度・継続や離脱
不満・満足・習熟度
仕事・生活・状況の変化
02|Measurement
測定・分類
購入回数・ログイン頻度・利用継続率・顧客属性
03|Dashboard
ダッシュボード
月間利用者 10,000人/継続利用率 75%/休眠ユーザー比率 20%
04|Decision
企業の意思決定
顧客の利用状況を把握し、施策を立案する
変換によって生まれるものと、失われるもの
Visible見えるようになること
- 全体の傾向
- 時系列の変化
- 集団間の違い
- 定量的な比較
Hidden見えにくくなること
- 個別の事情
- 行動の背景
- 同じ集団内の違い
- 数値化しにくい経験
単純化は必要。しかし、
単純化した結果を現実のすべてだと考えない。
※スコット(1998)の「可読性」を手がかりに、企業の顧客管理を模式化した筆者独自の図です。数値はすべて仮想値です。国家による統治と企業の事業管理は、権力の性質も意思決定の目的も異なり、両者の構造が同じであることを意味しません。
ここでは、スコットの議論をそのまま企業経営の理論として扱うのではなく、複雑な現実を管理可能な情報へ変換するとき、何が取り除かれているのかという問いに応用したいと思います。
ハッキングは、分類が人を変えることに注目した
ここまで、分類によって現実の一部が見えなくなる問題を考えてきました。しかし、分類には、もう一つ興味深い性質があります。それは、人を分類することによって、分類された人々の行動や自己理解が変わる場合があるということです。
この問題を研究したのが、哲学者イアン・ハッキングです。ハッキングは、人間についての科学的な分類が、分類された人々と相互に影響し合うことに注目しました。その議論で重要になるのが、「ループ効果(looping effect)」です。
分類された人は、その分類に反応する
例えば、ある社会で、人々の行動について新しい分類がつくられたとします。研究者や専門家がその分類を使って人々を調べ、分類が社会に広まると、人々は自分自身をそのカテゴリーに当てはめて理解するようになるかもしれません。医療や教育、行政などの制度も、その分類を使うようになる可能性があります。
分類は、
現実を記録するだけとは限らない
分類が人々に影響し、その人々の変化が分類にも影響する
01
分類する
行動や特徴をもとに、人々をカテゴリーに分ける
02
扱いが変わる
分類に応じて、施策・制度・周囲の対応が変わる
03
人々が反応する
行動や、場合によっては自己理解が変わる
04
データが変わる
新しい行動が観測される
05
再分類する
変化した状態をもとに、分類を見直す
再び01へ
※ハッキングのループ効果を、人間の分類と行動の相互作用として簡略化した概念図です。
ハッキングは、特に人間の社会的・心理的なカテゴリーについて、この問題を考えました。重要なのは、分類が単に現実を記録するだけではなく、現実のあり方に影響する場合があるという点です。
マーケティングの分類でも、似たことは起こるのか
ここで、顧客セグメントについて考えてみます。企業が分類によって異なる対応を行えば、その後の顧客行動にも違いが生まれる可能性があります。
分類に基づく施策が、
次の分類の材料をつくる
- 休眠ユーザー利用再開を案内する一部の人が、久しぶりにサービスを利用する。
- 優良顧客特別な会員制度を案内するさらに利用頻度が高まる可能性がある。
- 新規顧客初期利用を支援する継続して利用するかどうかが変わる。
Next Segmentation
次に分類するときには、
施策によって変化した利用状況が含まれる
ハッキングのループ効果と、
そのまま同一視はしない。
ハッキングの議論は、分類された人々の自己理解や社会的な扱いが変わることを含む、より広い問題を扱っている。ここで注目するのは、分類に基づく働きかけが対象の行動を変える場合があるという、限定的な類似性。
※顧客セグメント・CRM施策に接続した筆者独自の応用例です。
この区別を踏まえても、私には興味深い問題に思えます。企業は、顧客の行動を理解するために分類をつくります。しかし、その分類によって施策を変えることで、顧客の行動自体にも影響を与えています。そうだとすれば、分類された結果を、顧客にもともと備わっていた固定的な特徴として理解することには、注意が必要なのでしょう。
顧客セグメントは、実在する集団なのか
マーケティングでは、市場を複数のグループに分けることがあります。いわゆる市場細分化、マーケットセグメンテーションです。例えば、健康食品を販売している企業なら、顧客を年齢や性別、収入などによって分類することもあれば、健康への関心や購入目的によって分類することもあるでしょう。どのような基準を使うかによって、異なるセグメントが生まれます。
市場細分化に関する研究では、こうした分類の基準や分析方法が長く検討されてきました。WedelとKamakuraの『Market Segmentation: Conceptual and Methodological Foundations』でも、地理・人口統計的な特徴や生活様式、反応に基づく分類、統計モデルなど、さまざまな方法が扱われています。
セグメントは、発見されるものなのか
例えば、顧客の購買データを分析した結果、三つのグループが見つかったとします。企業は、それぞれを「価格重視層」「品質重視層」「利便性重視層」と名づけました。このとき、三つのセグメントは、もともと社会の中に存在していた集団なのでしょうか。それとも、分析の方法によってつくられた区分なのでしょうか。
この問いには、単純には答えられません。人々の間には、実際に異なる購買傾向が存在する場合があり、その違いを統計的に捉えることには意味があります。しかし、購入金額を重視するのか、価格に対する反応を重視するのか、利用場面や購買目的を重視するのか。どのような変数を使うかによって、異なるグループが形成されるでしょう。そのため、分類された集団を、何らかの自然な境界によって明確に分かれた人々として理解するのは適切でない場合があります。
同じ人が、異なるセグメントに属することもある
例えば、ある人が普段は価格を重視して商品を購入しているとします。しかし、場面が変われば、選び方も変わるかもしれません。
同じ一人の顧客が、
場面によって別のセグメントに入る
同じ一人の顧客
- 普段の買い物価格重視層できるだけ安い商品を選ぶ。
- 大切な人への贈り物品質重視層価格より、品質やブランドを重視する。
- 急いでいるとき利便性重視層多少高くても、すぐに購入できる商品を選ぶ。
一定期間の購買傾向を分析することには意味がある。
ただし、状況や目的によって行動は変わる。
※論点を説明するための仮想例です。
この場合、その人を一つの固定的なセグメントで説明することは、どこまで適切なのでしょうか。私は、ここにマーケティングの分類の難しさがあると思います。顧客を理解するためには、共通する特徴を見つける必要があります。しかし、その共通する特徴だけで、顧客の行動を十分に説明できるとは限りません。
分類を使うことと、分類によって理解を終えてしまうことは、違うのです。
ペルソナは、人間を理解するための方法なのか
顧客を理解する方法として、ペルソナが使われることがあります。特定の顧客像を設定し、年齢や職業、生活環境、サービスを利用する目的などを整理する方法です。ペルソナをつくることで、どのような人のためにサービスを設計するのかを、関係者の間で共有しやすくなります。
例えば、ある企業が新しい金融サービスを設計しようとしているとします。開発チームには、さまざまな専門性を持つ人が参加しています。それぞれが異なる顧客像を想定していれば、議論がかみ合わないかもしれません。そこで、具体的な利用者像を共有することには意味があります。しかし、ペルソナにも注意すべきことがあります。
具体的な人物像が、事実のように扱われる
例えば、次のようなペルソナを設定したとします。この人物像は、具体的で想像しやすいものです。しかし、その情報は何を根拠に設定されたのでしょうか。
具体的であることと、
根拠があることは違う
Persona設定した人物像
- 32歳
- 都内の企業で働いている
- 共働きで、忙しい毎日を送っている
- 買い物では効率を重視する
- スマートフォンで情報を収集する
Questions確かめたいこと
- 実際の顧客調査に基づいているか
- 担当者が想像した人物像ではないか
- 忙しい共働きの人が、必ず効率を重視するのか
- 買い物そのものを楽しみたい人はいないか
根拠の弱い仮定も、
具体的な人物像になると事実のように扱われやすい。
※論点を説明するための仮想のペルソナです。
ペルソナをつくることによって、顧客への理解が深まる場合があります。一方で、根拠の弱い仮定が、具体的な人物像として表現されることで、事実のように扱われる可能性もあります。
一人の人物像で、すべてを説明できるのか
もう一つ気になるのは、ペルソナが使われる範囲です。あるペルソナをもとに、Webサイトのデザインを考えたとします。その人物にとって、どのような情報が必要なのかを検討することには意味があるでしょう。しかし、同じペルソナを、広告のターゲティングや、商品開発、カスタマーサポートの設計にそのまま利用できるとは限りません。
場面によって、
重要になる顧客の特徴は変わる
- Webサイト情報を探す目的何を探しているか。操作に慣れているかどうか。
- 広告購入を検討するきっかけどのような情報に接触しているか。
- カスタマーサポート利用中に経験している問題どこで、何に困っているか。
何のためにその人物像を使うのかを考える。
※筆者による整理です。
ペルソナそのものが悪いわけではありません。しかし、ペルソナが具体的であることと、顧客を正確に理解できていることは、同じではないのだと思います。
分類された人と、分類から漏れた人
分類を考えるとき、もう一つ重要なのが、どのカテゴリーにも十分に当てはまらない人々の存在です。例えば、ある企業が、顧客の利用目的を調査しているとします。アンケートには、「仕事の効率化」「情報収集」「コミュニケーション」「娯楽」「その他」という選択肢があります。
多くの人は、用意された選択肢から回答できるかもしれません。しかし、利用目的が複数ある人もいるでしょう。また、企業が想定していなかった目的でサービスを利用している人もいるかもしれません。このような人々は、「その他」に分類される場合があります。
「その他」は、本当に重要ではないのか
企業が調査結果を集計すると、「その他」は回答者全体の少数かもしれません。そのため、分析では、主要なカテゴリーを中心に検討することがあるでしょう。これは、調査の目的によっては合理的です。しかし、「その他」に分類された人々が、企業にとって重要でないとは限りません。
分類に当てはまらないこと自体が、
検討すべき情報になる
Others
「その他」と回答した人
用意された分類に、十分に当てはまらない
Signal手がかりになる可能性
- 想定外の使い方が、新しい市場の可能性を示している
- 分類で説明できない問題が、設計上の課題を示している
Caution注意したいこと
- 偶発的な行動である場合もある
- ほかの顧客に広がるとは限らない
無条件に重要視するのではなく、
最初から無意味なものとして捨てない。
※論点を説明するための仮想例です。
分類は、変えてもよい
そして、分類体系は、一度つくったら変えてはいけないものではありません。例えば、ある企業がサービスを提供し始めた頃には、個人利用と法人利用の二つの分類で十分だったとします。しかし、利用者が増えるにつれて、教育機関や地域団体など、当初想定していなかった用途が生まれたとします。この場合、従来の分類を見直すことが必要になるかもしれません。
もちろん、分類を頻繁に変更すると、過去のデータとの比較が難しくなる場合があります。そのため、何を維持し、何を変更するのかについては、慎重に考える必要があります。それでも、現実が変化しているのに、分類だけが変わらないことにも問題があります。私は、分類を完成された答えではなく、現実を理解するための仮の枠組みとして扱いたいと思います。
顧客を分類するとき、何を確かめるべきか
ここまでの議論を踏まえると、顧客を分類する際に確認したいことがいくつかあります。
顧客を分類するときに確かめたい、
四つのこと
※バウカーとスター、スコット、ハッキングが共同で提唱したマーケティング手法ではありません。それぞれの議論を学んだうえで、筆者が顧客理解の仕事に接続して整理した問いです。
理解するための分類が、理解を妨げるとき
今回の学習を通して、分類には二つの働きがあることを考えました。一つは、複雑な現実を理解しやすくすることです。共通する特徴を見つけ、情報を整理することで、全体の傾向を把握できるようになります。もう一つは、分類に使わなかった情報が見えにくくなることです。同じカテゴリーに入っていても、人々の状況や目的が一致するとは限りません。また、分類によって異なる扱いが生まれれば、その分類自体が、対象となる人々の行動に影響する可能性もあります。
だから、分類を否定する必要はないと思います。むしろ、分類があるからこそ、私たちは複雑な社会や市場について考えられるのです。ただし、分類を使うことと、その分類が現実を十分に表していると考えることは違います。私は、ここに重要な境界があると感じました。
例えば、「休眠ユーザー」というカテゴリーをつくれば、90日間ログインしていない顧客を把握できます。しかし、なぜ利用していないのかは、まだわかりません。それを理解するためには、もう一度顧客について考える必要があります。
仕事が変わったのかもしれません。
サービスを使う必要がないだけかもしれません。
あるいは、使いたかったのに、使えなかったのかもしれません。
分類は、その違いを調べるための出発点にはなります。しかし、違いを理解する前に、一つのカテゴリーとして対応を決めてしまえば、分類が本来の理解を妨げる可能性もあります。顧客について考えるために、ある程度の単純化は必要です。しかし、その単純化によって何を失っているのかを、忘れてはいけないのでしょう。そして、分類された結果が、自分たちの施策や制度によって変化する可能性も考える必要があります。
人間は、固定されたデータではありません。生活が変わり、経験を重ね、環境との関係の中で行動を変えていきます。そうした人々について理解しようとするのであれば、分類そのものも、変化に開かれている必要があるのかもしれません。
おわりに|人を理解することは、名前をつけることなのか
私たちは、世界を理解するために分類を使います。分類によって、複雑な情報を整理し、共通点を見つけることができます。企業が顧客を分析したり、社会が制度を運営したりするためにも、分類は欠かせないものです。しかし、今回の学習で考えさせられたのは、分類が単なる情報整理の手段ではないということでした。
バウカーとスターは、分類や標準化の仕組みが、社会の中で何を認識し、何を見えなくするのかという問題を論じました。スコットは、国家が複雑な社会を把握するために、現実を管理可能な情報へ変換することの可能性と危険について考えました。そしてハッキングは、人間についての分類が、分類された人々に影響し、その結果として分類そのものが変化する場合があることを示しました。
それぞれの研究が扱った対象は異なります。しかし、私はそこから、分類について共通して考えられることがあるように感じました。
分類は、すでに存在する世界を整理するだけでなく、私たちが世界をどのように理解し、どのように働きかけるのかにも関係している。
この視点は、マーケティングやブランディング、サービスデザインにもつながると思います。顧客を年齢や購買履歴によって分類することには意味があります。ペルソナをつくり、具体的な利用者像を共有することにも価値があります。しかし、その分類や人物像だけで、顧客を十分に理解できたと考えることには注意が必要でしょう。同じカテゴリーに入る人々でも、生活環境や行動の理由は異なります。そして、同じ人でも、時間や状況によって求めるものが変わります。
だからこそ、分類された結果だけを見るのではなく、なぜその分類をつくったのかを考えたいと思います。
何を理解するために、その基準を選んだのでしょうか。
その分類によって、何が見えるようになったのでしょうか。
そして、何が見えなくなったのでしょうか。
私は、顧客を分類すること自体をやめたいわけではありません。むしろ、分類を使いながら、その限界を理解することが、よりよい顧客理解につながるのではないかと思っています。
冒頭の休眠ユーザーの例に戻ります。三人とも、90日間ログインしていません。しかし、その理由は異なっていました。このとき企業が理解したのは、「三人が休眠ユーザーである」ということだけなのでしょうか。それとも、三人がそれぞれ異なる理由でサービスを利用していないことまで、理解できたのでしょうか。その違いは、小さくないと思います。
最後に、一つの問いが残ります。
私たちは、人を理解するために分類しているのでしょうか。それとも、つくった分類に当てはめることで、人を理解したつもりになっているのでしょうか。
参考文献・出典
冒頭の休眠ユーザー、優良顧客、ペルソナ、アンケート、ダッシュボードの数値などの事例は、概念を理解するために筆者が作成した仮想例です。原典の議論と、マーケティング・サービスデザインへの応用は区別して記述しています。
- Bowker, G. C. & Star, S. L. (1999). Sorting Things Out: Classification and Its Consequences(新しいタブで開きます). MIT Press. 分類体系や標準化が、社会制度、情報基盤、人々の生活に与える影響を考察した基本文献。
- Scott, J. C. (1998). Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed(新しいタブで開きます). Yale University Press. 国家による社会の可読化、単純化、大規模な計画とその失敗についての研究。
- Hacking, I. (1996). The Looping Effects of Human Kinds(新しいタブで開きます). In Causal Cognition: A Multidisciplinary Debate, pp. 351–394. Oxford University Press. 人間についての分類と、分類された人々の間に生じる相互作用についての研究。
- Hacking, I. (2006). Making Up People(新しいタブで開きます). London Review of Books, 28(16). 人間を分類することで、人々の自己理解や行動が変化する可能性を論じた論考。
- Bowker, G. C. & Star, S. L. (2000). Invisible Mediators of Action: Classification and the Ubiquity of Standards(新しいタブで開きます). Mind, Culture, and Activity, 7(1–2), 147–163. 分類と標準化が日常生活の中で持つ政治的・倫理的な性質を整理した論文。
- Wedel, M. & Kamakura, W. A. (2000). Market Segmentation: Conceptual and Methodological Foundations(新しいタブで開きます). Springer. 市場細分化の理論、分類基準、統計的な分析手法などを整理した文献。
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, Social Ontology(新しいタブで開きます)(2024年改訂)。社会的カテゴリーの成立や、人間への分類が行動に及ぼすループ効果などに関する学術解説。