夜、台所のテーブルに赤いリンゴが置いてある。照明をつけているとき、リンゴは赤く見える。電気を消すと、リンゴは見えなくなる。それでも、私たちは暗闇の中にあるリンゴを「赤いリンゴ」と呼ぶだろう。再び照明をつければ、きっと赤く見えるからだ。

しかし、ここには小さな不思議がある。リンゴの色は、暗闇の中でどうなっているのだろう。

赤色はリンゴそのものの中にあって、光が当たることで見えるようになるのか。
それとも、リンゴに光が当たり、それを私たちの目が受け取ることで、はじめて赤色が生まれるのだろうか。

普段、私たちは色を物の性質として扱っている。赤いリンゴ。青い空。緑の葉。白い雲。色は、それぞれの物に備わっているように感じられる。

ところが、同じ物でも、照明が変わると色の見え方は変わる。朝の窓辺に置いた白いシャツと、夕暮れの部屋に置いた白いシャツは、目に届く光の成分が異なる。赤い照明の下では、普段は白い紙も赤っぽく見える。それでも私たちは、紙が別の色の紙に変わったとは考えない。照明が変わったのだと理解する。

つまり、私たちは物から届く光を受け取るだけでなく、その光がどのような環境で生じたのかも、どこかで判断しているらしい。色を見るとは、思っているより複雑な行為なのかもしれない。

この問題は、物理学と生理学だけでなく、哲学でも長く議論されてきた。その歴史を少したどってみたい。

ニュートンは、プリズムの中で色を発見したのか

1666年、アイザック・ニュートンは、ガラスのプリズムを使って光の性質を調べていた。彼は暗くした部屋に外から太陽光を取り込み、その光をプリズムに通した。すると、壁には細長い色の帯が現れた。現在では、赤から紫へと連なるスペクトルとして知られる現象である。

ニュートンが注目したのは、色の美しさだけではなかった。なぜ、丸い太陽から届く光が、プリズムを通ると細長く広がるのだろうか。彼は、ガラスの厚さや形状、光の入射角などを検討していった。1672年に王立協会の『Philosophical Transactions』で発表した論文には、この実験と考察が詳しく記されている。

プリズムは、白い光に
色をつけているのではない

01|Sunlight

暗くした部屋に、太陽光を取り込む

丸い太陽から届く光

02|Prism

プリズムに通すと、細長い色の帯が現れる

異なる種類の光が、異なる角度で屈折する

03|One Color

ある色の光だけを、別のプリズムへ通す

最初のように、多くの色へ分かれるわけではない

04|Recombine

分けた光を、再び重ね合わせる

白い光が得られる

白い光は、単一の種類の光ではなかった。

プリズムは、白い光の中に含まれる異なる成分を分けている。

※ニュートン(1672)の論文に記された実験を、筆者が整理したものです。

この発見は、リンゴの赤色についても一つの説明を与える。太陽光のような幅広い波長を含む光がリンゴに当たる。リンゴの表面は、その光の一部を吸収し、一部を反射する。反射された光が私たちの目に入り、赤いという知覚につながる。一般的な赤いリンゴが赤く見えるのは、表面が可視光のうち比較的長い波長の成分を多く反射する性質を持つためである。

ただし、これは単純化した説明だ。実際の反射光は幅広い波長の組み合わせであり、色は単一の波長だけから決まるわけではない。また、私たちが感じる色は、物理的な光の性質だけでは説明しきれない。ニュートン自身も、光の物理的な性質を説明することと、その光が心の中にどのような色の感覚を生じさせるかを説明することの間には、なお問題が残ると考えていた。

彼が探究したのは、光と色の関係だった。しかし、そこから別の疑問が生まれる。光の性質がわかったとしても、私たちが感じる「赤」は、どこに存在しているのだろうか。

ロックは、色を物の中にあるとは考えなかった

この問題を哲学から考えた人物の一人が、ジョン・ロックである。ロックは1690年刊の『人間知性論』で、物体の性質を考察する際に、第一性質と第二性質を区別した。

ロックによる、
第一性質と第二性質の区別

Primary第一性質

  • 物体の大きさ、形、運動など
  • 知覚する人間がいなくても、物体に備わっている

Secondary第二性質

  • 色や音、味など
  • 物体に備わっているのは、私たちに赤いという感覚を生じさせる性質、あるいは能力

物体の中に、私たちが経験する
赤さそのものが入っているのではない。

リンゴには実際に物理的な性質がある。しかし、その性質と、私たちが経験する赤いという感覚は、同じものではない。

※ロック『人間知性論』第2巻第8章の区別を、筆者が整理したものです。

例えば、リンゴに一定の光が当たり、それが私たちの視覚器官に作用すると、赤いという感覚が生じる。ロックにとって、リンゴが赤いと言えるのは、そうした感覚を生じさせる能力を持っているからである。これは、リンゴの性質がすべて人間の想像で作られているという主張ではない。

この考え方に従えば、冒頭の問いには興味深い答えが生まれる。暗闇のリンゴは、赤いという感覚を現実に生じさせてはいない。しかし、適切な条件で照らされたときに赤いという感覚を生じさせる能力は、失っていない。だから、暗闇のリンゴを赤いリンゴと呼ぶことには意味がある。

もっとも、ロックの第一性質と第二性質の区別が、現代の哲学でそのまま受け入れられているわけではない。色は心の中だけに存在するのか。それとも物体の性質として実在するのか。この問題について、哲学には現在も複数の立場が存在する。ここでは、どれか一つの立場を正解として選ぶよりも、私たちが日常的に使っている「色」という言葉が、少なくとも二つの異なることを指していると理解することが重要だろう。

「色」という言葉が指している、
二つのこと

Property物の性質

  • 物理的な世界に存在する、光を反射・吸収する性質
  • 暗闇でも、照明を消しただけで失われるわけではない

Experience色の経験

  • その光を受け取ることで生じる、色の経験
  • 暗闇のリンゴは、赤いという感覚を現実には生じさせていない

私たちは普段、この二つを
ほとんど区別せずに暮らしている。

目に届く光は、リンゴだけで決まらない

ここで少し、視覚の仕組みを見てみよう。一般的な不透明物体の表面から目に届く光は、主として、照明に含まれる光と物体の分光反射特性によって決まる。分光反射特性とは、物体が波長ごとにどの程度の光を反射するかという性質である。リンゴは、すべての光を同じ割合で反射しているわけではない。その性質が、リンゴを赤く見せるための物理的な基盤になっている。

しかし、照明の中に含まれる光の成分が変われば、同じリンゴから反射される光の成分も変わる。例えば、ある物体が特定の波長をよく反射するとしても、照明にその波長の光がほとんど含まれていなければ、その成分を十分に反射することはできない。物体の性質が同じでも、目に届く光は変わるのである。

さらに、目に届いた光が、そのまま色として経験されるわけではない。人間の網膜には、明るい環境での色覚に重要な役割を果たす錐体細胞がある。典型的な三色型色覚では、錐体細胞は光に含まれる波長への感度が異なる三つの種類に分けられる。短い波長に比較的敏感なS錐体、中程度の波長に敏感なM錐体、長い波長に敏感なL錐体である。私たちの色覚は、これらの錐体から得られる情報を利用している。

リンゴの赤が見えるまで

  1. 01照明太陽光や照明から、さまざまな波長の光が届く(光源の分光分布)
  2. 02物体リンゴの表面が、波長ごとに異なる割合で光を反射する(物体の分光反射特性)
  3. 03網膜S・M・Lの3種類の錐体が、届いた光に応答する
  4. 04知覚神経系が得られた情報を処理し、赤いという知覚が生まれる

変わるものと、色の見え方への影響

  1. 照明の種類目に届く光の分布が変化する
  2. 物体の表面反射される光が変化する
  3. 観察条件・視覚系色の知覚が変化する場合がある

一つの錐体だけでは、光の色を識別できない。

個々の錐体は、吸収した光子の数に応じた応答を示す。異なる波長の光であっても、錐体に同じ応答を生じさせることがある。そのため、色を識別するには、異なる分光感度を持つ複数の錐体の応答を比較する必要がある。

※光の反射と三種類の錐体に関する説明は、光学・色覚研究に基づきます。4段階の区分は筆者による整理で、一般的な不透明物体を想定した概念図です(光沢や蛍光などの特殊な現象は省略しています)。

色の見え方は、物体の性質だけでは決まらない。私たちの視覚は、外界のすべての光学情報をそのまま記録しているわけではない。膨大な波長の情報を、限られた種類の受容器を通じて受け取り、処理している。そのことから、もう一つの不思議な現象が生まれる。

違う光なのに、同じ色に見えることがある

二つの物体がある。物理的に調べると、それぞれの表面が反射する光の波長分布は異なっている。しかし、人間の目には同じ色に見える。このような現象は、色彩科学ではメタメリズム(条件等色)と呼ばれる。

典型的な三色型色覚を持つ人間の視覚は、光のスペクトル全体を直接区別しているわけではない。そのため、物理的には異なる光のスペクトルでも、三種類の錐体に同じ応答を生じさせれば、同じ色として知覚される場合がある。一つの色の見え方に、複数の異なる物理的な組み合わせが対応しうるのである。この現象は、単なる錯覚というより、人間の色覚の仕組みそのものから生じる。

違う光なのに、
同じ色に見える

Spectrum A光のスペクトルA

波長ごとの光の強さに特徴がある

Spectrum B光のスペクトルB

Aとは異なる波長分布を持つ

Cone Response

S・M・L錐体への応答

条件によって、AとBが同じ応答を生じさせる

Metamerism

同じ色として知覚される場合がある

メタメリズム(条件等色)

身近な例:ディスプレイと印刷物

Displayディスプレイ

  • 光を発して色を表現する

Print一般的な印刷物

  • 外から当たった光を反射して色を表現する

「同じ赤だ」と判断できても、
同じ波長分布の光を目に届けているとは限らない。

※A・Bの対比は筆者による概念的な視覚化であり、特定の実験結果や測定値ではありません。

色彩科学では、異なる照明条件で見た場合に、こうした色の一致が崩れることも研究されている。2018年にAkbariniaとGegenfurtnerが発表した研究では、多数の表面反射スペクトルと自然光・人工光の組み合わせを調べ、メタメリズムがどのような条件で生じるかを検討している。研究では、異なる照明の下で極端に異なる色へ見え方が変わる問題のある組み合わせは、検討した条件では非常にまれだったことも報告されている。

したがって、「違う物体でも、照明を変えれば頻繁にまったく違う色になる」と一般化することはできない。それでも、異なる物理的なスペクトルから、同じ色の経験が生じうることは重要な事実である。私たちが見ているのは、光の物理的な情報のすべてではない。人間の視覚が区別できる形に整理された世界なのである。

それなのに、なぜ世界の色は安定して見えるのか

物体から目に届く光は、照明によって変わる。それにもかかわらず、私たちは普段、身の回りの物の色が絶えず変化しているとは感じない。白い紙は、朝でも夕方でも白い紙に見える。赤いリンゴは、多少照明が変わっても赤いリンゴとして認識できる。このように、照明条件が変化しても物体の色が比較的安定して見える性質を、色の恒常性(Color Constancy)という。

これは、人間の視覚にとって非常に重要な働きである。もし照明が少し変わるたびに、目の前の物の色がすべて異なって見えたら、物を安定して認識することは難しくなるだろう。

照明が変わっても、
物の色が安定して見えるまで

Illumination

物に当たる光が変わる

夕暮れの部屋では、昼間とは異なる光が当たる。白い皿の表面から目に届く光も変化する

Visual System

網膜や脳の複数の仕組みが働く

周囲の色との比較、視覚系の順応、照明についての推定など

Color Constancy

物体の色が比較的安定して見える

昨日から同じテーブルに置かれている白い皿を、同じ皿として認識できる

目に届く光が変化していても、
皿そのものの性質が変わったわけではない。

※色の恒常性に関与すると考えられている仕組みを、筆者が簡略化して整理したものです。

1971年、エドウィン・ランドとジョン・マッキャンは「Lightness and Retinex Theory」を発表し、明るさの知覚を、画像内の局所的な光の量だけでなく、周囲との関係から理解しようとした。ランドはポラロイド社の創業者としても知られる人物だが、色覚研究にも長く取り組んでいた。彼の研究が関心を向けたのは、目に届く光の成分だけでは、物の色や明るさの見え方を十分に説明できないという問題だった。

ただし、ランドの理論だけで現代の色覚研究のすべてが説明できるわけではない。色の恒常性は現在も研究されており、照明の推定、空間的な比較、色順応など、複数の仕組みが関与すると考えられている。また、恒常性は完全ではない。照明条件が特殊な場合や、周囲の情報が不足している場合、私たちは物体の色を安定して判断できなくなることがある。

そのことを、世界中の人々が目の当たりにした出来事があった。

世界中で意見が分かれた、一枚のドレス

2015年、一枚のドレスの写真がインターネット上で話題になった。ある人には、白と金色のドレスに見える。別の人には、青と黒のドレスに見える。同じ写真を見ているにもかかわらず、色の認識が大きく異なっていたのである。実際に販売されていたドレスの色は青と黒だった。しかし、写真では、多くの人が白と金色だと感じた。

この現象は、単なる言い間違いや、ディスプレイの違いだけでは説明できなかった。研究者たちは、この写真を使って、人間がどのように色を知覚しているのかを調べ始めた。2015年、Rosa Lafer-Sousa、Katherine Hermann、Bevil Conwayは、『Current Biology』に研究を発表した。彼らは、1,401人を対象とした自由回答の調査を行った。その結果、主な回答は白と金、青と黒に分かれたが、青と茶色と答える人もいた。また、再調査では、以前とは異なる色に見えると回答した人もいた。つまり、この写真の色の見え方は、人によって異なるだけでなく、同じ人の中でも変化する場合があった。

なぜ、そのようなことが起きるのだろう。重要なのは、写真に写るドレスが、どのような光に照らされているかを判断しにくいことだった。

青みがかった影の中にある白いドレスなのか。
それとも、暖色系の光に照らされた青いドレスなのか。

写真から得られる情報だけでは、照明条件を一意に判断しにくかったのである。人間の視覚は、物体の色を安定して認識するために、照明による影響をある程度差し引いていると考えられている。しかし、この写真では、どのような照明を想定するかによって、差し引くべき成分が変わってしまう。

同じドレスが、
違う色に見えた理由

Same Photo

同じ写真を見ている

写真に写るドレスの照明条件が曖昧

Estimate

視覚系が、照明による色の影響を推定する

Interpretation A

青みがかった光・影を想定する

青い照明の影響を差し引く方向に働き、白と金色に見えやすい

Interpretation B

暖色系の光を想定する

暖かい色の照明の影響を差し引く方向に働き、青と黒に見えやすい

実物のドレスは、青と黒。

ただし、照明の推定だけですべての個人差が解明されたわけではない。注意の向け方や画像の局所的な特徴、過去の経験なども関係する可能性があり、研究は複数の要因を検討している。

※Lafer-Sousaら(2015・2017)の研究をもとに、二つの経路へ簡略化した筆者による図解です。

2017年にLafer-SousaとConwayが発表した追加分析でも、照明条件の解釈とドレスの色の知覚との関係が示された。また、朝型の人と夜型の人の違いが色の知覚に影響するという初期の仮説については、後続の研究で得られた支持は限定的だった。

この出来事の面白さは、人間の視覚が誤りやすいということだけではない。むしろ、普段は非常にうまく働いている仕組みが、特別な条件のもとで、その姿を見せたことにある。私たちが世界を安定して見られるのは、目に届いた光を、そのまま機械的に記録しているからではない。環境についての情報を利用しながら、物体の性質を推定しているからでもある。その仕組みが普段は便利に働き、ときに人によって異なる答えを生む。

同じ写真を見て意見が分かれたのは、何か特別な能力の違いが明らかになったからではない。普段は意識されない視覚の働きが、偶然、私たちの前に現れたのである。

色は、誰か一人の主観で決まるのだろうか

ここまでの話から、色は完全に主観的なものだと考えたくなるかもしれない。しかし、それも少し違う。リンゴの表面がどの波長をどの程度反射するかは、物理的に測定できる。光源からどのような光が出ているかも測定できる。異なる照明や観察条件のもとで、どのような色の見え方が生じやすいかを実験によって調べることもできる。「私には赤く見える」という経験と、「物体が特定の分光反射特性を持つ」という事実は、区別して考えられる。

また、ある人が白く見えると言い、別の人が青く見えると言ったとしても、二人がまったく別の物理的な現実を見ているわけではない。その違いが生じる条件を科学的に調べることはできる。同じ光の刺激から、どのような神経応答が生まれ、どのような色の知覚につながるのか。そこには規則性がある。だからこそ、視覚科学という研究分野が成立している。

哲学でも、色を人間の心の中だけに存在するものとして考える立場ばかりではない。

色の実在をめぐる、
哲学の主な立場

  1. 心の中にあるもの色を、人間の心の中だけに存在するものとして考える立場
  2. 物体の物理的な性質色を、物体の物理的な性質として理解しようとする立場
  3. 物体と観察者の関係色を、物体と観察者の関係で成立する性質と考える立場

色の実在性をめぐる問題は、
現代哲学でも議論されている。

※スタンフォード哲学百科事典「Color」で区別されている立場を、筆者が簡略化して整理したものです。

重要なのは、物理的な世界と私たちの経験を、どちらか一方へ単純に還元しないことだろう。

物体には物理的な性質がある。
その物体を照らす光がある。
光を受け取る視覚器官がある。
そして、得られた情報を処理する神経系がある。

私たちの色の経験は、そうした複数の条件の関係の中で成立している。

デザインの色も、画面の中だけでは完成しない

このことを考えると、身近なデザインの見え方も少し違ってくる。例えば、同じ色を使って制作したポスターがある。画面上では、落ち着いた赤に見えた。しかし、紙に印刷すると印象が変わった。さらに、明るい屋外に掲示したときと、薄暗い店内に置いたときでも違って見える。こうした経験は、デザインを扱う仕事では珍しくない。

もちろん、その理由は色の恒常性だけではない。しかし、そこには共通する構造がある。色を指定することと、その色がどのように見えるかは、同じことではない。

指定した色が、
見る人の経験になるまで

Value

色の指定値

表現を制御するための重要な情報

Conditions

色が置かれる環境

ディスプレイと印刷の発色方式の違い、色域、紙の反射特性、照明、周囲の色

Impression

人が実際に経験する色の印象

指定値だけで、完全に決まるわけではない

デザインの優劣を決める一般法則ではない。

同じ色でも、使われる環境によって異なる経験につながるという、知覚の性質から考えられる一つの視点である。物理的な色の再現を厳密に管理したい場合と、見る人の印象を大切にしたい場合では、考えるべき条件も異なる。

※知覚研究の知見をもとにした、筆者による考察です。

画面の中では完成しているように見える色も、実際に置かれる場所で、別の表情を持つことがある。それは色が不確かなものだからというより、色が常に環境との関係の中で経験されるものだからだろう。

暗闇のリンゴに戻る

もう一度、夜の台所を思い浮かべてみる。テーブルには赤いリンゴがある。電気を消すと、その姿は見えなくなる。

リンゴの表面が持つ物理的な性質は、照明を消しただけで失われるわけではない。適切な光を当てれば、再び赤く見えるだろう。その意味では、暗闇の中でもリンゴは赤いと言える。一方、私たちが経験する赤いという感覚は、光や視覚の働きなしに、そのまま存在しているわけではない。リンゴの赤は、物体の性質であると同時に、光と視覚の関係の中で現れる経験でもある。

ニュートンは、白い光の中に異なる成分が含まれていることを明らかにした。ロックは、物体の性質と、それによって生じる感覚を区別した。現代の色覚研究は、人間の視覚が光の情報をどのように処理し、物体の色を安定して認識しているかを調べている。それぞれが扱っている問題は同じではない。しかし、これらの議論に触れると、普段見慣れている色が、少し不思議なものに感じられる。

窓から差し込む午後の光。
夕暮れに色を変える建物。
雨上がりの葉の緑。

私たちは、それらをただ眺めている。けれど、その何気ない経験が生まれるまでには、光の性質があり、物体の性質があり、複雑な視覚の働きがある。普段は意識する必要もないほど自然に、私たちは色のある世界を見ている。

明日の朝、同じリンゴを見ても、きっと赤いリンゴにしか見えないだろう。それで十分なのだと思う。ただ、その赤色がどこから来たのかを少し知っているだけで、いつもの台所の風景には、以前とは違う奥行きが生まれる。

参考文献・出典

図解の区分や対比は、研究の知見をもとにした筆者による整理です。デザインの色についての記述は、知覚研究をもとにした筆者の考察です。一部の文献は、公開されている抄録や書誌情報をもとに確認しています。

  1. Newton, I. (1672). A Letter of Mr. Isaac Newton … containing his New Theory about Light and Colors(新しいタブで開きます). Philosophical Transactions of the Royal Society, 6(80), 3075–3087. プリズムによる分光、光の再合成、物体による光の反射を記した論文(The Newton Project による翻刻)。
  2. Locke, J. (1690). An Essay Concerning Human Understanding(新しいタブで開きます). Book II, Chapter VIII. 第一性質と第二性質の区別を論じた章。
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  4. Land, E. H. & McCann, J. J. (1971). Lightness and Retinex Theory(新しいタブで開きます). Journal of the Optical Society of America, 61(1), 1–11. 明るさの知覚を周囲との関係から説明しようとしたレティネックス理論。
  5. Lafer-Sousa, R., Hermann, K. L. & Conway, B. R. (2015). Striking Individual Differences in Color Perception Uncovered by ‘The Dress’ Photograph(新しいタブで開きます). Current Biology, 25(13), R545–R546. 1,401人を対象にした調査で、回答の分類と知覚の変化を報告。
  6. Lafer-Sousa, R. & Conway, B. R. (2017). #TheDress: Categorical Perception of an Ambiguous Color Image(新しいタブで開きます). Journal of Vision, 17(12), 25. 照明の推定と色の知覚の関係を分析。
  7. Akbarinia, A. & Gegenfurtner, K. R. (2018). Color Metamerism and the Structure of Illuminant Space(新しいタブで開きます). Journal of the Optical Society of America A, 35(4), B231–B238. メタメリズムが生じる照明条件を検討した研究。
  8. Stanford Encyclopedia of Philosophy. Color(新しいタブで開きます). 色の実在性をめぐる哲学上の複数の立場。