ある会議で、新しい事業方針が決まった。会議の終了後、議事録にはこう記された。
「出席者全員の合意により、方針を決定した」
数年後、事業の経緯を調べることになった。過去の資料を確認すると、その議事録が見つかった。意思決定の経緯を知ることのできる、数少ない記録だった。そこには、方針が正式に決定されたことが明記されている。
ところが、実際の会議では、別の出来事も起きていた。ある参加者が、方針の前提に疑問を投げかけていたのである。質問は短く、議論には発展しなかった。会議の進行を妨げるほどの発言でもなく、その場で方針が変更されることもなかった。だから、議事録には残らなかった。この話は、以下の議論を考えるための架空の例である。
議事録に残ったことと、
残らなかったこと
Recorded議事録に残ったこと
- 「出席者全員の合意により、方針を決定した」
- 正式な決定については、正確に記録されている
Unrecorded議事録に残らなかったこと
- ある参加者が、方針の前提に疑問を投げかけていた
- 議事録だけを読んだ人には、決定がどのような疑問を伴っていたかがわからない
議事録の内容が、虚偽だったとは限らない。
※論点を説明するための架空の例です。
後年、誰かが「当時、その方針に疑問を持つ人はいなかった」と説明したとしたらどうだろう。議事録には、疑問が記録されていない。しかし、それは疑問が存在しなかったことを意味するのだろうか。
記録されていないことと、起きていないことは同じではない。それでも、時間が経つほど、私たちは記録に残ったものを過去そのものとして扱いやすくなる。
前回の記事では、反対されなかった決定が、全員が賛成した決定だったとは限らないことを考えた。この問題は、会議の議事録だけに限らない。歴史を記した書物、公的な文書、新聞記事、写真、統計、映像、データベース。私たちが過去を知るための資料は、ほとんどの場合、過去に起きた出来事の一部分を保存したものである。では、保存されなかった部分はどうなるのだろう。
Questions誰も望んでいない「当たり前」は、なぜ残り続けるのか?多元的無知と選好偽装から、「みんなそう思っている」という錯覚を考える。
この問いを深く考えた研究者の一人が、ハイチ出身の人類学者・歴史研究者ミシェル=ロルフ・トルイヨである。
歴史は、出来事を並べたものではない
トルイヨは1995年の著書『Silencing the Past: Power and the Production of History』で、歴史がつくられる過程に権力がどのように関わっているかを考察した。その出発点にあるのは、歴史という言葉が持つ二つの意味である。一つは、過去に実際に起きた出来事。もう一つは、その出来事について後から語られる歴史である。私たちは、両者を同じものとして扱ってしまうことがある。しかし、過去に起きた出来事が、そのまま歴史書に記されるわけではない。
ある出来事についての資料が作られ、その一部が保存される。研究者が残された資料を調べ、過去についての説明を組み立てる。その説明の一部が、学校教育や社会の記憶として受け継がれる。こうした過程を経て、私たちの知る「歴史」が形づくられる。トルイヨは、この過程において沈黙や欠落が入り込む四つの局面を論じた。
歴史がつくられる過程の、
どの段階にも沈黙は入り込む
01|Making
資料がつくられるとき
そもそも記録されなかった出来事がある
02|Assembling
資料が集められ、保存されるとき
記録されていても、保存されなかった資料がある
03|Narrating
資料から物語が組み立てられるとき
保存されていても、長い間、誰も注目しなかった資料がある
04|Significance
後世の社会が、何を歴史的に重要と位置づけるとき
十分な資料が存在していても、社会の支配的な考え方のなかで、その出来事の意味が理解されない場合がある
沈黙は、最後の段階でだけ生まれるわけではない。
歴史家が資料を選ぶ以前に、すでに沈黙は入り込んでいる。何が事実として残り、どの事実が重要だと考えられるか。その過程自体が、歴史を形づくっている。
※トルイヨ(1995)が論じた四つの局面を、筆者が図にしたものです。
歴史は、事実を発見して文章にするだけの営みではない。ただし、これは歴史に確かな事実が存在しないという意味ではない。事実についての知識が、どのような条件のもとで生み出され、保存され、伝えられるかを考える必要があるということだ。
名前が残っていても、歴史から消えることがある
トルイヨの議論を理解するうえで、興味深い例がある。ハイチ北部には、サン=スーシ宮殿という歴史的建造物がある。19世紀初頭、ハイチの統治者アンリ・クリストフの時代に建設された宮殿である。トルイヨは、この宮殿の歴史を検討するなかで、同じ「サン=スーシ」という名を持つ革命期の人物に注目した。ジャン=バティスト・サン=スーシ大佐である。彼はハイチ革命に参加した軍人だった。しかし、その活動や最期は、革命の主要人物たちに比べ、長く十分に語られてこなかった。
同じ「サン=スーシ」という名前の、
二つの歴史
Palaceサン=スーシ宮殿
- 19世紀初頭、統治者アンリ・クリストフの時代に建設された
- 歴史的建造物として、名前が残っている
Colonelサン=スーシ大佐
- ハイチ革命に参加した軍人
- 革命指導者たちとの対立や、その最期は、長く十分に語られてこなかった
記録があることと、
その記録が意味するものを理解していることは、同じではない。
ある名前が建造物や資料に残っていても、その名前に結びつく人間の活動や対立、歴史的な意味が、十分に伝えられているとは限らない。
※トルイヨ(1995)の第2章「The Three Faces of Sans Souci」の議論をもとにした筆者による整理です。
トルイヨは、サン=スーシ大佐と革命指導者たちの対立、そして彼の死に注目することで、ハイチ革命を一つの統一された物語として理解することの限界を示した。革命には、フランスの支配からの解放という大きな歴史がある。しかし、その内部にも、異なる立場や利害の対立が存在していた。後世に残された物語が、革命の一面を強調することで、別の一面を見えにくくすることがある。
歴史の沈黙は、資料がまったく存在しない場所だけに現れるわけではない。資料が存在しているにもかかわらず、私たちが何を重要と考えるかによって、見えなくなるものがある。
記録は、誰の目から見た世界なのか
トルイヨとは別の角度から、記録そのものの性質を問い直した研究者が、文化人類学者アン・ローラ・ストーラーである。ストーラーは、オランダ領東インドの植民地行政文書を研究し、記録を単なる情報の保管場所として扱うことに疑問を投げかけた。
私たちは、公的な資料には、その社会の実態が記録されていると考えがちである。人口統計、行政報告、政策文書、調査資料。こうした資料は、過去の社会を知るために欠かせない。しかし、行政文書は、社会全体を中立的に観察するためだけに作られるものではない。行政を運営するために作られ、統治する側が必要とする情報を集め、整理し、共有する役割を持つ。したがって、その文書には、作成した組織の関心や制度上の目的が反映される。
ストーラーが注目したのは、記録に何が書かれているかだけでなく、記録がどのような形式で作られ、分類され、利用されていたかという問題だった。彼女の2002年の論文と2009年の著書では、植民地の文書を通じて、統治者たちが人々をどのように捉え、どのような知識や不安を抱きながら行政を行っていたかが検討されている。
同じ行政文書から、
二つのことが読み取れる
Archive
植民地の行政文書
統治する側が必要とする情報を集め、整理し、共有するために作られた
Source
統治された社会についての情報源
Subject
統治する側が、世界をどのように理解していたかを示す資料
問いの転換
Before従来の問い
「この文書には、何が書かれているか」
Afterもう一つの問い
「この文書は、何を知る必要があった人によって作られたのか」
※ストーラー(2002・2009)の議論をもとにした筆者による整理です。
文書の内容だけでなく、文書が作られた目的を考える。そのことによって、同じ資料から読み取れるものが変わってくる。
残された数字は、何を数えていたのか
この問題は、現代の社会にも関係している。例えば、ある地域の暮らしを理解するために、統計を調べるとしよう。人口、世帯数、平均所得、交通量。数字を用いることで、地域の特徴を比較できる。しかし、数字が記録されていることと、人々の生活が十分に理解できていることは別である。統計の調査項目に含まれていなければ、そこで暮らす人々の経験が見えにくくなる場合がある。
数えられたものと、
数えられなかったもの
Counted記録されていること
- ある制度の利用者数
- ある商品を購入した人数
Uncounted記録されているとは限らないこと
- 利用できなかった人々の事情
- 購入を諦めた人が、何を望んでいたのか
仕事で扱うデータにも、作成目的がある
- 営業管理システム営業活動に必要な情報が記録される。
- アクセス解析設定された計測条件に従って、利用者の行動が記録される。
- 顧客調査調査票で尋ねたことへの回答が残る。
どれだけ集めても、最初から尋ねなかったことが
自動的に記録されるわけではない。
いずれのデータも有用である。ただ、多くのデータを持っていることと、現実を多面的に理解していることは、同じではない。
※ストーラーの植民地研究をそのまま現代の組織に当てはめたものではなく、筆者による考察です。
ただし、数字が人間の経験を必ず歪めるというわけではない。適切な統計は、個別の証言だけでは発見しにくい不平等や社会的な変化を明らかにする。数字があることによって、はじめて可視化される問題も存在する。問題は、数字そのものではない。何を数えることにしたのかという判断を忘れ、数えられたものだけを現実だと考えてしまうことである。
記録されなかった人の声を、取り戻せるのか
ここまで考えると、一つの解決策が思い浮かぶ。記録から抜け落ちた人々を探し、その声を取り戻せばよいのではないか。しかし、この考え方にも難しさがある。過去の資料が存在しない場合、私たちは失われた情報を簡単に復元することができない。たとえ当時の記録が残っていても、そこに記されているのが本人の言葉ではなく、別の立場の人間による説明である場合もある。
この問題を深く考察したのが、歴史研究者・批評家サイディヤ・ハートマンである。ハートマンは2008年の論考「Venus in Two Acts」で、大西洋奴隷貿易の記録に現れる、奴隷化された女性たちの歴史を扱った。彼女が直面したのは、過去に生きた女性たちについて知ろうとしても、残されている資料が、彼女たちを支配した側の記録に大きく依存しているという問題だった。記録には、奴隷船や取引、暴力についての情報が残る。しかし、そこに登場する人々が、自分自身の人生をどのように生き、何を望み、何を考えていたかまで知ることは難しい。
記録に残されなかった人々を、
どう書くことができるのか
Leave Unseen見えないままにする
その人々の存在を、歴史のなかで見えないままにしてよいのだろうか。
Fill In想像で埋める
本人が語っていない言葉を、後世の人間が勝手に与えてしまうことになる。
Critical Fabulation
批判的ファビュレーション
歴史資料に基づく検討と、反実仮想や物語的な手法との関係を問いながら、
語ることのできないものが存在するという限界そのものも可視化しようとする
想像によって作られた物語を、
新たに発見された史実として扱わない。
知ることのできない部分がある。その事実を認めたうえで、何を語ることができるのかを考える。
※ハートマン(2008)の議論をもとにした筆者による整理です。単に失われた物語を創作すればよいという議論ではありません。
ハートマンの試みは、資料の限界を意識しながら、それでも記録から排除された人々について、どのように考え、書くことが可能なのかを問い続けるものである。これは、失われた過去について考えるときに避けられない倫理的な問題でもある。
沈黙を埋めることが、別の沈黙を生むとき
記録に残されなかった人々の存在を明らかにすることには、重要な意味がある。しかし、失われたものを取り戻そうとする行為が、必ずしも無条件に正しいとは限らない。ある人の経験を後世に伝えようとするとき、その人が本来望んでいなかった情報まで公開してしまう可能性がある。家族や共同体のなかで守られてきた記憶を、研究者が別の文脈で利用することもある。また、資料が見つからないからといって、誰かが意図的に隠したと断定することもできない。
資料が残っていない理由は、
一つではない
- 権力による消去権力によって消された記録がある。
- 私的な領域の保護私的な領域を守るために、公開されるべきではない情報もある。
- 偶然・条件火災や災害で失われた。保存技術や費用の問題で残らなかった。記録する習慣自体がなかった。
資料が存在しないという事実から、
ただちに権力による隠蔽を導くことはできない。
それでも、記録する力や保存する力が、一部の人々や組織に偏っていた可能性を検討することには意味がある。
問うべきなのは、単純に「誰が隠したのか」だけではない。
誰が記録することを許されていたのか。
誰の言葉が保存に値すると考えられていたのか。
どのような種類の資料が、後世に残りやすかったのか。
そして、誰がその資料にアクセスできたのか。
こうした問いは、資料の欠落を、個別の出来事だけでなく社会的な条件の問題として考えることにつながる。
デジタル化すれば、失われた歴史は見えるのか
現在、歴史資料のデジタル化が進んでいる。紙の文書を画像に変換し、文字を認識し、データベースに登録する。以前は現地を訪れなければ閲覧できなかった資料も、インターネットを通じて調べられるようになった。これは、歴史研究や社会の記憶にとって大きな可能性を持つ。しかし、デジタル化によって、記録の問題がすべて解決するわけではない。
この問題を扱った研究に、2022年に公開されたLuthraらの研究「Unsilencing Colonial Archives via Automated Entity Recognition」がある。研究者たちは、オランダ東インド会社の植民地関連資料を対象に、歴史資料の索引が特定の人々へのアクセスを妨げうる問題を検討した。そのうえで、文書に登場する人物名などを機械的に抽出する方法を研究し、約7万件のアノテーションを含む研究用データセットを公開した。
資料が存在することと、
その資料にたどり着けることは別である
01|Exists
資料が存在する
文書の画像が、デジタル化されて保存されている
02|Findable
資料にたどり着ける
人名が検索できなければ、検索用の目録に名前が記載されていなければ、記録が存在していても見つけられない
03|Understood
内容を理解できる
資料にたどり着けたとしても、その内容を正しく理解できるとは限らない
AIによって、過去の沈黙がすべて解消できるわけではない。
Luthraらの研究の目的は、検索可能性を高めるための方法を検討することにある。技術が果たす役割は、記録を大量に蓄積することにとどまらず、見つけにくかった資料へ別の経路から近づけるようにすることにもある。
※Luthra et al.(2022)の問題設定をもとにした筆者による整理です。
デジタル化によって変わるのは、資料の保存方法だけではない。
何を検索できるのか。
どの名前を見つけられるのか。
どの記録が検索結果の上位に現れるのか。
こうした条件も、私たちが過去について知ることのできる範囲を左右する。
記録は、疑うべきものなのか
ここまで、記録が持つ限界を考えてきた。しかし、その議論から「記録は信用できない」という結論を導くことは適切ではない。歴史研究は、証拠に基づいて過去についての主張を検討する営みである。文書、遺物、写真、証言、統計など、異なる資料を比較することで、一つの資料からはわからない事実を明らかにできる。公文書や歴史資料は、権力による行為を検証するためにも不可欠である。
国際公文書館会議(ICA)が採択し、2011年にユネスコ総会で承認された「世界アーカイブ宣言」も、アーカイブが行政の透明性、説明責任、民主主義、人権、社会の記憶に果たす役割を重視している。また、ユネスコが2015年に採択した記録遺産の保存とアクセスに関する勧告では、資料の選択、収集、保存、発見可能性などが重要な課題として位置づけられている。記録が不完全だからこそ、その保存と検証は重要なのだ。
証拠の限界を認めることは、
判断を放棄することではない
Limit限界を認める判断
「この資料だけでは、十分にわからない」
どこまでが確認できた事実で、どこからが推測なのかを明らかにする
Relativism判断の放棄
「どのような説明も、同じように正しい」
証拠に基づいて、説明の確かさを検討することをやめてしまう
Answerable
記録が答えられる問い
資料が記録している出来事は、重要な事実である
Beyond the Record
記録だけでは答えられない問い
資料に書かれていないことには、別の根拠が必要になる
記録の限界を知ることは、記録を否定することではない。
「存在しなかった」のではなく、「見つけられなかった」のかもしれない
過去を調べるとき、私たちは資料を探す。必要な資料が見つかれば、そこから説明を組み立てる。資料が見つからなければ、別の資料を探す。それでも見つからない場合、次第に、その出来事自体が存在しなかったのではないかと考えることがある。
もちろん、資料が存在しないという事実が、ある主張を検証するうえで重要な場合もある。本来なら記録されるはずの出来事について、期待される複数の資料にまったく痕跡がなければ、その不在は検討すべき根拠になる。しかし、そう判断するためにも、まず考えなければならないことがある。
「存在しなかった」と判断する前に、
確かめたいこと
存在しなかったことを示す証拠と、
存在したことを示す証拠が見つからない状態は、
必ずしも同じではない。
※筆者による整理です。
この区別は、過去についての研究だけでなく、現代の社会を理解する際にも意味を持つ。私たちは、多くの情報に接している。ニュース、統計、検索結果、SNSの投稿、組織の報告書。情報を得る手段は増え続けている。しかし、情報が増えることによって、何が記録されていないのかを考える機会が増えているとは限らない。
検索結果が表示されれば、そこに答えがあるように感じる。
統計が示されれば、社会の実態が数字に表れているように感じる。
資料が見つからなければ、そのような事実は存在しないように思えてくる。
だが、私たちが見ているのは、現実そのものではない。何らかの方法によって記録され、保存され、発見可能になった現実の一部分である。そのことを忘れたとき、記録の外側にあるものを考える力は弱くなるのかもしれない。
おわりに|何が記録されていないのか、と問う前に
私たちは、正しい答えを得るために資料を探す。より多くの情報を集め、根拠を確認し、説明を組み立てる。それは必要な行為である。しかし、十分な資料が集まったと感じたときほど、注意が必要なのかもしれない。
その資料は、どのような目的で作られたのか。
誰が記録する立場にあったのか。
保存されなかったものはないのか。
そして、記録のなかに残っているにもかかわらず、私たちが重要だと考えていないものはないのか。
トルイヨ、ストーラー、ハートマンの議論は、それぞれ異なる問題を扱っている。歴史の生産過程に入り込む沈黙。統治の仕組みとしてのアーカイブ。記録に十分に残されなかった人々を語ることの限界。しかし、これらの議論から共通して考えられることがある。記録は、過去について知るための重要な手がかりである。同時に、記録を残すことのできた人々の条件から、完全に自由なものでもない。
だから、過去について考えるとき、私たちは「何が記録されているか」だけでなく、記録が成立した条件にも目を向ける必要がある。記録に何が書かれているのか。それは重要な問いである。しかし、その前に、あるいはその問いと同時に、別の問いがある。
「誰にとって、何を記録することが必要だったのだろうか。」
その問いを持つことで、同じ資料から見えてくる世界が変わるかもしれない。そして、これまで存在しないと思っていたものについても、別の探し方が生まれるかもしれない。
参考文献・出典
冒頭の会議と議事録、統計や業務データの例は、論点を説明するための筆者による架空の例です。研究者の議論と、現代の組織への筆者の考察は区別して記述しています。一部の文献は、出版社・大学・学術機関が公開する解説や抄録をもとに確認しています。
- Trouillot, M.-R. (1995/2015). Silencing the Past: Power and the Production of History(新しいタブで開きます). Beacon Press. 歴史の生産過程と権力、沈黙を論じた中心的文献。第2章「The Three Faces of Sans Souci」でサン=スーシ大佐を扱う。
- University of Chicago Library. History on the Edges: Michel-Rolph Trouillot’s Caribbean(新しいタブで開きます). トルイヨの研究資料を紹介する大学図書館の展示。
- Stoler, A. L. (2002). Colonial Archives and the Arts of Governance(新しいタブで開きます). Archival Science, 2, 87–109. アーカイブを情報源としてだけでなく、研究の対象として読むことを提起した論文。
- Stoler, A. L. (2009). Along the Archival Grain: Epistemic Anxieties and Colonial Common Sense(新しいタブで開きます). Princeton University Press. オランダ領東インドの植民地文書から、統治者の知識と不安を読み解いた著作。
- Hartman, S. (2008). Venus in Two Acts(新しいタブで開きます). Small Axe, 12(2), 1–14. 大西洋奴隷貿易の記録に現れる女性たちを書くことの困難と、批判的ファビュレーションを論じた論考。
- Luthra, M., Todorov, K., Jeurgens, C. & Colavizza, G. (2022). Unsilencing Colonial Archives via Automated Entity Recognition(新しいタブで開きます). arXiv:2210.02194. オランダ東インド会社の資料を対象に、人物名などの自動抽出を研究し、約7万件のアノテーションを公開した研究(のちに Journal of Documentation, 80(5), 2024 に掲載)。
- International Council on Archives (2010). Universal Declaration on Archives(新しいタブで開きます). 2011年にユネスコ総会で承認された、アーカイブの役割についての宣言。
- UNESCO (2015). Recommendation concerning the Preservation of, and Access to, Documentary Heritage Including in Digital Form(新しいタブで開きます). デジタル形態を含む記録遺産の保存とアクセスに関する勧告。