あるブランドが大型の広告キャンペーンを実施したところ、売上が20%伸びたとします。報告書には「キャンペーンによって売上が20%成長した」と書かれました。
広告を実施した。売上が伸びた。だから、広告の効果だった。この説明は、一見すると何の問題もないように思えます。しかし、同じ時期に新商品が発売されていたら、販売店が増えていたら、市場全体が伸びていたら、どうでしょうか。
施策のあとに成果が出たことと、その施策が成果を生んだことは、同じではない。
今回は、相関関係と因果関係の違い、そして「反実仮想」という考え方を手がかりに、成果の原因を確かめることの難しさと、その難しさとの付き合い方を考えてみたいと思います。
同じ施策の企業の成績がよくても、因果関係とは限らない
例えば、統合プロモーションを実施した企業の売上成長率が、実施しなかった企業より高かったとします。この場合、統計的な関連がある可能性は考えられます。しかし、そこから直ちに「統合プロモーションが売上を成長させた」とは結論できません。
施策と成果の両方に、
別の要因が影響しているかもしれない
別の要因
- そもそも広告予算が大きい
- 商品開発の余力や、強力な流通網がある
- 以前から高いブランド認知を獲得している
施策
統合プロモーションを選びやすい
成果
売上が伸びやすい
施策と成果が一緒に観察されても、
その施策が原因だったとは限らない。
原因だったと判断するには、さらに調べる必要がある。
※論点を説明するための仮想例です。
もし、広告を実施していなかったら
因果関係を考えるうえで重要なのが、「反実仮想」です。これは、実際には起こらなかった別の状況を考えることです。
冒頭の例で本当に知りたいのは、「広告を実施した結果、売上が20%伸びた」という事実だけではありません。
もし、そのブランドが同じ時期に広告を実施していなかったら、売上はどうなっていたのか。
この問いが重要になります。広告を実施しなくても、市場の成長によって売上が15%伸びていたかもしれません。逆に、広告を実施していなければ売上が減少していた可能性もあります。
実際の結果と、広告を実施しなかった場合の結果を比べることで、広告そのものの効果を考えられます。しかし、同じブランドについて、同じ時期に「広告を実施した世界」と「広告を実施しなかった世界」の両方を直接観察することはできません。これが因果推論の難しさです。
広告を実施しなかったら、
どうなっていたのか?
施策の成果と、施策そのものの効果は違う
同じブランド・同じ時期広告キャンペーンを実施するか?
-
広告あり
実際に観察した結果
+20%
売上成長率
観察可能
-
広告なし
実際には観察できない結果
?
売上成長率
反実仮想
知りたいのは、二つの結果の差。
しかし、同じブランドの同じ時期について、両方の結果を直接観察することはできない。
※数値は説明用の架空例です。実務では、実験や適切な比較対象を通して因果効果を推定します。
統計学者ポール・ホランドは、1986年の論文『Statistics and Causal Inference』で、潜在的な結果を用いた因果推論の考え方を整理しています。この枠組みでは、何らかの施策を実施した場合と、実施しなかった場合の結果の違いを考えます。ただし、両方を直接観察できないため、実験や適切な比較対象を用いて、その違いを推定する必要があります。
広告の効果を測ることは、想像以上に難しい
広告の因果効果については、実際に大規模な研究も行われています。ランドール・ルイスとジャスティン・ラオは、2015年の論文『The Unfavorable Economics of Measuring the Returns to Advertising』で、米国の小売企業などを対象とした25件の大規模なフィールド実験を分析しました。顧客ごとの購買金額の変動が大きく、広告の投資収益率を精密に測定するには、非常に大規模な実験が必要になる場合があると指摘しています。
ここで注意したいのは、研究が「広告には効果がない」と結論づけたわけではないことです。むしろ、広告の効果を厳密に測ろうとしても、その推定自体が難しいという問題を示しています。成功事例について「この施策が成果を生んだ」と語る場合には、その主張がどのようなデータや検証によって支えられているのかを確かめる必要があります。
ブランドの成功を、何で測るのか
もう一つ考えておきたいことがあります。それは、成功事例における「成功」とは、そもそも何を意味しているのかという問題です。
例えば、あるキャンペーンによって、SNSで大きな話題が生まれたとします。投稿が拡散され、多くのメディアでも紹介されました。その場合、話題化という観点では成功したと評価できるかもしれません。しかし、それだけでブランド全体が成功したと判断できるでしょうか。
認知度が向上したのか。商品への理解は深まったのか。購入意向や実際の売上に変化があったのか。さらに、その変化が一時的なものなのか、中長期的に続くものなのかによっても、評価は異なります。
ブランドの価値は、売上だけで捉えられるのか
ブランド研究者ケビン・レーン・ケラーは、1993年の論文で「顧客ベースのブランド・エクイティ」という考え方を提示しました。これは、ブランドに関する知識が、そのブランドのマーケティングに対する消費者の反応に生み出す差異を指します。ここでいうブランド知識には、認知だけでなく、ブランドに対する連想も含まれます。この理論は、ブランドの価値を考える際に、単なる売上規模だけでなく、顧客がそのブランドをどのように認識しているかに目を向ける手がかりになります。
例えば、短期間で売上を獲得することが目的のキャンペーンと、長期的なブランドの選択理由を育てる活動では、評価すべき成果や時間軸が異なる可能性があります。成功事例を比較するなら、単に「成果が出た企業」を集めるだけでなく、何を成果として扱っているのかを揃えることが重要です。そうしなければ、異なる目的を持つ活動を、同じ成功という言葉で比較してしまうことになります。
一つの事例から、原因をたどる
社会科学では、個別の事例を詳しく研究する方法が発展してきました。アレクサンダー・ジョージとアンドリュー・ベネットは、2005年の著書『Case Studies and Theory Development in the Social Sciences』で、事例研究を理論の構築や検証に役立てる方法を論じています。その一つが「プロセス・トレーシング」です。
これは、単に結果と施策の組み合わせを見るのではなく、その間にどのような出来事や判断があり、想定した因果的な仕組みが実際に働いていたのかを調べる方法です。
施策と成果のあいだに、
何があったのかをたどる
ブランドが成功した理由を、プロセス・トレーシングで調べる場合
Before
施策以前の状況
Decision
戦略を選んだ理由
Execution
実行中の変化
Response
顧客の反応
Outcome
成果が現れた時期
こうした調査を行っても、
因果関係が必ず確定するわけではない。
事後的な説明に頼りすぎたり、都合のよい資料だけを選んだりすれば、誤った結論に至る可能性がある。
※George & Bennett(2005)のプロセス・トレーシングを、ブランドの事例に当てはめて整理した図です。
それでも、完成した施策と最終的な成果だけを見るよりも、意思決定や変化の過程を理解しやすくなります。
事例研究は、統計分析や実験と対立するものではなく、異なる役割を持つ方法として組み合わせることができるのです。
施策ではなく、意思決定と成立条件を読む
例えば、ある企業がテレビCMとデジタル広告、SNS、Webサイトを組み合わせたキャンペーンで成果を上げたとします。そこから「統合プロモーションが重要だ」と結論づけることはできるかもしれません。しかし、それだけでは十分ではないと思います。
そもそも、その企業は何を解決しようとしていたのでしょうか。なぜ複数のメディアを組み合わせる必要があったのでしょうか。そして、なぜその戦略が、その企業では実行できたのでしょうか。十分な予算があったのか、社内の意思決定が迅速だったのか、すでに高いブランド認知があったのか。こうした条件が異なれば、同じ施策を実施しても、同じ結果になるとは限りません。
成功事例を読み解く5つの視点
完成した施策から、その前後にある判断と条件へ視野を広げる
施策の模倣ではなく、
判断の根拠と成立条件を理解する。
※特定の研究者が提唱したモデルではなく、哲学や因果推論、事例研究の考え方を踏まえて、筆者が整理した枠組みです。
すべての事例で、必要な情報が公開されているわけではないでしょう。広告予算や売上の詳細、検討した別の戦略、社内での意思決定など、外部からわからない情報も多くあります。だからこそ、わからない部分を想像で埋めて、成功の理由を断定しないことが重要だと思います。
同じ施策を採用しないことが、最も重要な学びになる場合もある
成功事例を研究すると、そこで使われた施策を自分たちも実行したくなることがあります。しかし、その企業と自分たちでは、置かれている状況が違います。すでに高い認知度があるブランドと、ほとんど知られていないブランドでは、必要なコミュニケーションは異なるかもしれません。
事例の背景まで理解した結果、同じ施策を採用しない方がよいと判断することもあるでしょう。それは、成功事例を参考にしなかったということではありません。むしろ、その事例から意思決定の考え方を学び、自分たちの状況に照らして判断した結果だと考えられます。私は、成功事例の研究には、こうした価値があると思っています。
おわりに|「何が効いたのか」を、確かさと一緒に語る
現実の仕事では、十分な実験や調査を行えるとは限りません。予算も時間も限られています。すべての因果関係が証明されるまで、判断を止めることはできません。重要なのは、その判断をどの程度確かなものとして扱うかです。
「効果がある」という根拠は、
同じ強さではない
- 01成功事例「この施策には成功事例がある」事例の観察から得た仮説
- 02複数企業での確認「同様の条件を持つ複数の企業で、一定の効果が確認されている」条件の近い複数の事例で見られた効果
- 03比較実験「比較実験によって、増分効果が推定されている」適切な方法で検証された因果効果
検証された効果も、
別の市場や時期にそのまま当てはまるとは限らない。
効果を推定することと、その結果をほかの状況に一般化することは、別の問題。
※筆者による整理です。
不確実性を完全になくすことはできません。それでも、何がわかっていて、何がまだ仮説なのかを明確にすることはできます。成果を報告するときも、事例を読むときも、何が効いたのかを、その確かさと一緒に語ること。それが、施策の模倣から一歩離れるための入口なのだと思います。
そして最後に、もう一つ気になることがあります。事例から学ぼうとするとき、私たちは本当に、事例を公平に見ているのでしょうか。それとも、最初から自分が正しいと思っている考え方を裏づけるために、都合のよい事例を探しているのでしょうか。
参考文献・出典
以下の文献は、理論の出典と記事中の論点を確認するためのものです。個々の理論を現代のブランド戦略に結びつけた箇所には、筆者自身の解釈が含まれます。本文中の企業・数値の例は、論点を説明するための仮想例です。
- Holland, P. W. (1986). Statistics and Causal Inference(新しいタブで開きます). Journal of the American Statistical Association, 81(396), 945–960. 因果推論と統計モデルについての研究。
- Lewis, R. A., & Rao, J. M. (2015). The Unfavorable Economics of Measuring the Returns to Advertising(新しいタブで開きます). The Quarterly Journal of Economics, 130(4), 1941–1973. 大規模な広告実験における効果推定の難しさを扱う研究。
- Keller, K. L. (1993). Conceptualizing, Measuring, and Managing Customer-Based Brand Equity(新しいタブで開きます). Journal of Marketing, 57(1), 1–22. 顧客ベースのブランド・エクイティについての研究。
- George, A. L., & Bennett, A. (2005). Case Studies and Theory Development in the Social Sciences(新しいタブで開きます). MIT Press. 事例研究、プロセス・トレーシング、比較研究の方法についての著書。



