ある企業が、Webサイトのリニューアルを検討しているとします。担当者は、今のサイトでは商品の魅力が十分に伝わっていないと考えています。そこで顧客へのインタビューを実施し、競合サイトを調べ、アクセス解析のデータも集めました。

調査では「欲しい情報が見つけにくい」という意見が出ました。競合企業のサイトは洗練されたデザインで、情報も整理されています。これらの結果から、担当者はリニューアルの必要性を確信します。

ただ、別の情報もありました。顧客の中には「サイトはわかりやすいが、商品を選ぶ理由がない」と答えた人もいました。アクセス解析を見ると、そもそも商品を知ってサイトに訪れる人が少ないこともわかりました。こうした情報については、「リニューアル後に検討すればよい」と判断しました。

この担当者が意図的に事実を隠したわけではありません。むしろ、多くの情報を集めて、慎重に判断しようとしているつもりだったのかもしれません。それでも、最初に考えていた解決策を支持する情報は重要に見え、別の可能性を示す情報は、それほど重要ではないと感じることがあります。

このようなことは、私自身の仕事でも起こり得ると思っています。企画や戦略を考える際、情報を集めることは欠かせません。しかし、調べれば調べるほど自分の考えが正しいと感じるようになったとして、それは本当に理解が深まった結果なのでしょうか。

課題を理解するために情報を集めているのか。それとも、すでに選んだ答えを正当化するために情報を集めているのか。

今回は、17世紀の哲学者フランシス・ベーコンが論じた「イドラ」と、現代の心理学における「確証バイアス」を手がかりに、この問いについて考えてみたいと思います。なお、冒頭の企業の話は、論点を説明するための仮想例です。

私たちは、目の前の情報をそのまま見ているのか

前回の記事では、成功したブランドの共通点が、本当に成功の原因なのかを考えました。成功した企業だけを調べていると、実際には存在しない成功法則が見えてしまうことがあります。これは、どの事例が分析対象に含まれるかという問題でした。

では、成功した企業と失敗した企業の両方を調べれば、私たちは公平に判断できるのでしょうか。必ずしもそうではなさそうです。同じ資料を読んでも、ある人は「この戦略は有効だ」と考え、別の人は「十分な根拠がない」と判断することがあります。それぞれの人が何を重要だと考えるのかによって、同じ情報の意味が変わってくるからです。

例えば、新商品の市場調査を行ったとします。インタビューでは、商品のコンセプトに好意的な反応が集まりました。商品を企画した担当者は、「顧客のニーズを捉えている」と考えるかもしれません。一方、別の担当者は、「好意的な反応と実際の購入は違う」と考えるかもしれません。

両者の意見は、必ずしも矛盾していません。コンセプトへの反応がよいことも事実かもしれませんし、それだけでは購入を予測できないことも事実です。しかし、前者の情報だけを重視すれば、商品化への期待が高まります。後者を重視すれば、追加調査の必要性を感じるでしょう。

ここには、情報そのものとは別の問題があります。私たちは、何を根拠として十分だと考えているのでしょうか。そして、その判断基準は、最初から一貫しているのでしょうか。

ベーコンが考えた、人間の認識を妨げる四つのイドラ

こうした認識の問題を考えるうえで参考になるのが、フランシス・ベーコン(1561〜1626)の思想です。ベーコンはイングランドの哲学者、法律家、政治家で、1620年に『ノヴム・オルガヌム(Novum Organum)』を刊行しました。この著作では、従来の学問の方法を批判し、自然について信頼できる知識を得るための新しい方法を構想しています。

その中でベーコンは、人間の理解を妨げる誤りの源を「イドラ」と呼びました。イドラは、一般に「偶像」や「幻影」と訳されます。ベーコンが問題にしたのは、人間が現実を捉えようとするとき、すでに心の中にある考え方によって判断が歪められてしまうことでした。『ノヴム・オルガヌム』第1巻では、四つのイドラが区別されています。

ベーコンの四つのイドラ

人間の理解を妨げる誤りの源

  1. 01種族のイドラ

    人間に共通する認識の傾向

  2. 02洞窟のイドラ

    個人の経験や教育

  3. 03市場のイドラ

    言葉や概念の曖昧さ

  4. 04劇場のイドラ

    既存の思想や権威

種族のイドラ

人間に共通する認識の傾向から生じる誤りです。ベーコンは、人間の知性を、物事をそのまま映す鏡ではなく、形を歪めて映す鏡になぞらえています。人は実際以上に規則性や秩序を見いだしたり、いったん受け入れた考えに合う事例を重視したりすることがある、と論じました。

例えば、似たような広告キャンペーンが連続して成功すると、そこに強い法則があるように感じるかもしれません。しかし、その規則性が偶然ではないのか、ほかの条件が影響していないのかは、別に確かめる必要があります。

洞窟のイドラ

個人の経験や教育、習慣、気質などから生じる誤りです。人にはそれぞれ、自分が慣れ親しんだ考え方があります。同じ問題を見ても、広告の専門家は広告の問題に、デザイナーはデザインの問題に注目しやすいかもしれません。

もちろん、それぞれの専門家が実際に有効な問題を発見している場合もあります。ただ、自分がよく知っている領域だからこそ、その方法を優先して考えてしまう可能性もあります。

これはベーコンが現代の専門職について論じたという意味ではありません。個人の経験が認識の仕方に影響するという彼の問題意識を、現代の仕事に当てはめて考えたものです。

市場のイドラ

言葉のやり取りによって生じる誤りです。ここでいう「市場」は、現在のマーケティングで使われる市場という意味ではありません。人々が言葉を交わす場所を意味しています。

例えば、会議で「ブランド力を高めたい」という言葉が使われたとします。しかし、ある人は認知度を高めることを考え、別の人は価格競争を避けられる状態を想定しているかもしれません。さらに別の人は、企業に対する信頼や好意を重視している可能性もあります。

同じ言葉を使っていても、意味が揃っているとは限りません。言葉が共有されることで、考えまで共有されたように感じてしまうことがあるのです。

劇場のイドラ

既存の思想体系や権威によって生じる誤りです。ベーコンは、十分に検証されていない哲学体系を、人々に一つの世界を見せる劇場のようなものとして批判しました。

現代の仕事に置き換えるなら、著名な経営理論や、成功した企業が採用している手法を、十分に吟味せず受け入れてしまう場面が思い浮かびます。ただし、これはベーコンの議論から着想を得た比喩です。彼自身が現代の経営理論やブランド戦略を論じていたわけではありません。

イドラと現代の認知バイアスは同じではない

こうして四つのイドラを見ると、認識の偏りにはさまざまな原因があることがわかります。人間に共通する性向だけでなく、個人の経験、言葉、権威などが、私たちの判断に影響し得るのです。

ただし、ベーコンのイドラは17世紀の哲学的な分類です。現代の心理学実験によって発見された認知バイアスと、そのまま同じものとして扱うべきではありません。次に、実験研究を通して検討されてきた確証バイアスについて見てみたいと思います。

情報を集めるほど、考えが変わらなくなることがある

現代の心理学では、すでに持っている信念や仮説を支持する情報を探したり、それに沿って情報を解釈したりする傾向を「確証バイアス」と呼びます。心理学者レイモンド・ニッカーソンは、1998年のレビュー論文『Confirmation Bias: A Ubiquitous Phenomenon in Many Guises』で、この現象がさまざまな形で現れることを整理しています。

確証バイアスというと、自分に都合のよい情報ばかり集める行動を思い浮かべるかもしれません。しかし、問題は情報収集だけではありません。同じ情報を受け取っても、その評価の仕方が偏る場合があります。

例えば、あるブランド戦略を支持している担当者が、顧客インタビューの結果を読んでいるとします。

どんな結果が出ても、
当初の戦略を支持できてしまう

担当者の前提

このブランド戦略は正しい

好意的な意見

疑問を持たずに受け取る

「戦略が支持されている証拠だ」

否定的な意見

別の理由を探す

「価値がまだ伝わっていないだけだ」

結果

戦略を確かめる調査が、
戦略を説明するための解釈に変わる

問題は、説明できることではなく、
説明の基準が一貫しているかどうか。

※論点を説明するための仮想例です。

好意的な意見にも否定的な意見にも、それぞれ説明を与えることはできます。しかし、その基準が揺らいでいれば、本来は戦略が適切かどうかを確かめるための調査が、戦略の正しさを説明するためのものになってしまいます。

同じ研究を読んでも、意見が分かれる

確証バイアスに関連する古典的な研究として、チャールズ・ロード、リー・ロス、マーク・レッパーによる1979年の実験があります。死刑に犯罪抑止効果があるかどうかについて、もともと異なる意見を持つ参加者に、賛否両方の研究資料を読んでもらうというものです。

相反する証拠を読んでも、
意見は近づかなかった

参加者

死刑の抑止効果について、異なる意見を持つ

提示した資料

賛成側と反対側の主張を、
それぞれ支持するように見える研究

自分の考えに合う研究

より説得力があると評価

自分の考えに反する研究

批判的に評価

読んだ後

もとの立場への確信が強まったと報告

※Lord, Ross & Lepper(1979)をもとに簡略化した図です。特定の争点についての実験であり、態度の変化には参加者の報告に基づく部分があります。

この結果を、あらゆる意見の対立にそのまま一般化することはできません。それでも、情報が増えれば自動的に判断が改善されるわけではないことを考えるうえで、重要な研究だと思います。

ここで私が気になるのは、自分と異なる意見を持つ人をどう評価するかではありません。自分自身が反対意見を読んだとき、支持する意見と同じ基準で検討できているのか。その点です。

自分の仮説を、どうやって確かめるのか

確証バイアスを考えるときによく紹介されるのが、心理学者ピーター・ウェイソンによる1960年の研究です。ウェイソンは、人々が自分の仮説をどのように検証しようとするのかを実験しました。

「2・4・6」の規則を当てる

実験の参加者には、「2・4・6」という三つの数字が提示されます。これらの数字には、研究者が決めた規則があります。参加者は別の三つの数字を提案し、それが規則に合っているかどうかについてフィードバックを受けながら、規則を推測します。

例えば、「2・4・6」を見て、「偶数が2ずつ増えることが規則だろう」と考えたとします。そうすると、次のような数字を提案したくなります。

「8・10・12」

これも規則に合っていると告げられれば、最初の仮説は正しいように感じられます。しかし、ここで注意したいことがあります。「8・10・12」は、「偶数が2ずつ増える」という仮説にも、「数字が大きくなっていく」という、より広い規則にも当てはまります。そのため、正しいというフィードバックが返ってきても、二つの仮説を区別できません。

一方、「3・5・8」という数字を試したらどうでしょうか。これは「偶数が2ずつ増える」という仮説には当てはまりません。しかし、「数字が大きくなっていく」という規則には当てはまります。もしこれも正しいと告げられれば、最初の仮説を見直す必要が出てきます。

どちらの質問が、
仮説を検証できるか

ウェイソンの「2・4・6」課題

最初の予想「偶数が2ずつ増える」

  1. 8・10・12

    自分の仮説に合う

    別の規則と区別できない

  2. 3・5・8

    自分の仮説には合わない

    より広い規則と区別できる

元の仮説だけでなく、
競合する仮説を区別できる質問を考える。

実験で研究者が設定していた規則は、数字が昇順に並ぶという、参加者が考えがちなものより広い規則でした。ウェイソンの実験では、参加者が自分の考えた規則に当てはまる例を繰り返し試し、十分に仮説を吟味しないまま結論に至る場合が観察されました。

この研究が示したのは、仮説を支持する事例を探すだけでは、その仮説が正しいかどうかを十分に判断できない場合がある、ということです。

ただし、肯定的な事例を調べることが常に間違いとは限らない

ここは重要な点です。「人は自分の仮説を支持する情報を探す。だから、それは間違った方法だ」と単純に考えることもできません。

1987年、ジョシュア・クレイマンとヤンウォン・ハは、『Confirmation, Disconfirmation, and Information in Hypothesis Testing』という論文で、人間の仮説検証の仕方を改めて検討しました。彼らは、仮説が成立すると思われる事例を中心に調べる行動を「ポジティブ・テスト戦略」として整理しています。そして、この戦略が、必ずしも不合理とは限らないことを論じました。

例えば、ある病気の特徴を調べる場合や、特定の条件に当てはまる対象を効率的に見つけたい場合には、仮説が成立しそうな事例を調べることが有効な場面もあります。重要なのは、その調べ方によって、競合する仮説を区別できるかどうかです。

仮説を支持する例を調べること自体が問題なのではありません。同じ結果が別の説明でも生じるのに、その可能性を検討しないことが問題になります。

この議論を知ると、「確証バイアスを避けるためには、常に反証を探せばよい」とも言い切れなくなります。どのような情報を集めれば、自分が考えている仮説と、それ以外の仮説を区別できるのか。その調査設計こそが重要なのだと思います。

企業は、解決策を決めてから課題を探していないか

ここまでの学問的な議論を、企画や戦略の仕事に戻して考えてみます。例えば、ある企業が「Webサイトの問い合わせ件数を増やしたい」と考えているとします。

この状況には、さまざまな問題が隠れている可能性があります。商品やサービスそのものが十分に知られていないのかもしれません。サイトには訪問されているものの、顧客が求める情報が見つかりにくい可能性もあります。そもそも、競合と比較されたときに選ばれる理由が弱いのかもしれません。

また、問い合わせ件数よりも、商談につながる問い合わせの割合を改善した方が、事業上の成果に結びつく場合もあるでしょう。どのような問題を設定するかによって、調べるべきことも、考えるべき解決策も変わります。

しかし、もし最初からWebサイトのリニューアルを提案したいと思っていたら、どうなるでしょうか。

競合サイトのデザイン。
現在のサイトの使いにくさ。
情報設計の問題。

こうした情報に、自然と関心が向くかもしれません。反対に、商品自体の競争力や営業活動の課題など、Webサイトの改善だけでは解決できない問題には、あまり目が向かない可能性があります。

もちろん、すべての担当者がそうなるわけではありません。Webサイトの改善が適切な答えである場合もありますし、専門家だからこそ、ほかの人が見逃していた問題を発見できる場合もあります。ただ、解決策を選んだ後に、その解決策に合う情報を集めることと、課題を理解した結果として解決策を選ぶことは、異なると思います。

調査結果に合わせて仮説を変えることは、悪いことなのか

ここで、少し難しい問題があります。実際の企画では、調査を進めるなかで仮説が変わることは珍しくありません。最初からすべての仮説を決めておくことはできませんし、新しい情報に触れて考えが変わるのは自然なことです。だから、調査結果を見てから解釈や仮説を考えること自体を否定するつもりはありません。

しかし、最初から仮説が存在していたかのように説明することは、別の問題です。科学研究では、結果がわかった後に立てた仮説を、あたかも研究前から設定していた仮説のように報告することを「HARKing」と呼びます。ノーバート・カーは1998年の論文で、この問題を検討しています。

もちろん、科学研究におけるHARKingと、企業の提案資料で課題を整理することは、同じ行為ではありません。目的も、求められる厳密さも異なります。ただ、結果を知ってから説明を組み立てることと、説明の妥当性を事前に検証することは、区別する必要があります。

「この課題があったから、この解決策を選んだ」

そう説明できるとしても、本当にその順番で考えたとは限りません。この点は、私自身も気をつけたいと思っています。

自分の偏りに気づけば、公平に判断できるのか

では、確証バイアスという概念を知っていれば、自分の判断を公平にできるのでしょうか。そう簡単ではないと思います。

まず、「自分には確証バイアスがあるかもしれない」と考えるだけでは、具体的にどの判断が偏っているのかはわかりません。さらに、反対意見を集めれば必ず判断が改善されるわけでもありません。反対意見にも誤りがあるかもしれませんし、単に異なる立場の情報を同じ量だけ集めることが、常に公平な調査になるとは限らないからです。大切なのは、賛成と反対の意見を機械的に均等に扱うことではなく、それぞれの根拠を適切に評価することです。

また、人間の認識の偏りには、さまざまな形があります。情報を探す段階で偏ることもあれば、同じ情報を評価する段階で偏ることもあります。そもそも、特定の情報が手元に届かないという問題もあるでしょう。これらをすべて確証バイアスという言葉だけで説明すると、問題の違いが見えにくくなります。

そして、ここにはもう一つの危険があります。「相手は確証バイアスに陥っている」と決めつけることで、自分自身の判断を検討しなくなることです。

異なる意見を持つ人が、必ずしも非合理的に判断しているとは限りません。同じ情報を見ていても、そもそも重視する価値や目的が違う場合があります。また、専門知識の違いによって、同じデータから異なる判断を下すこともあるでしょう。

意見が一致しないことと、どちらかが認知バイアスに陥っていることは、同じではありません。

確証バイアスという概念を使って他人の判断を批判する前に、自分の判断の仕方を見直す必要があると思います。

情報収集と自己正当化の違い

自分の答えを守る

  1. 解決策を決める
  2. 合う情報を集める
  3. 都合よく解釈する
  4. 確信が強まる

仮説を確かめる

  1. 複数の仮説を立てる
  2. 区別できる情報を集める
  3. 同じ基準で評価する
  4. 必要なら考えを変える

※本文の議論を踏まえた独自の概念図です。実際の思考過程を、すべてこの二つに分類できるわけではありません。

自分の答えを疑うために、何を変えられるか

ここまで考えてきたことを、実際の企画や意思決定の場面でどう扱えばよいのでしょうか。一つの方法は、仮説を立てる段階で、どのような情報が得られたら考えを変えるのかを決めておくことです。

例えば、「新規顧客を獲得するには、ブランドの認知度を高める必要がある」という仮説を立てたとします。このとき、認知度が低いことを示すデータばかり探すのではなく、ほかの説明も並べたうえで、それぞれを区別できる調査を考えます。

ほかの説明を並べてから、
区別できる調査を考える

「新規顧客が増えない」ことを説明し得る仮説

  1. 認知が足りない最初の仮説
  2. 購入時に競合に負けている認知は十分でも選ばれない
  3. 購入場所が限られている知っていても買えない
  4. 価格や条件が合わない顧客の期待とずれている

それぞれを区別できる調査の設計

  1. 段階を確かめる認知度の高低だけでなく、認知から購入までのどこに問題があるか
  2. 買わなかった理由を聞く購入しなかった顧客にも理由を尋ねる
  3. 対象を広げる検討したものの選ばなかった人にも調査する

※論点を説明するための仮想例です。

そうした設計によって、最初の仮説とは違う原因を発見できる可能性があります。

判断の前提を記録しておく

もう一つ有効だと思うのは、意思決定をした時点で、何を根拠に判断したのかを記録しておくことです。

判断した時点の前提を、
四つに分けて残しておく

  1. 01事実現時点で確認できている事実は何か
  2. 02仮説まだ確かめられていない仮説は何か
  3. 03別の説明ほかにどのような説明が考えられるか
  4. 04見直す条件どんな結果が出たら、当初の判断を見直すのか

記録を残せば、
必ずバイアスがなくなるわけではない。

反対意見を述べた人が不利益を受けたり、推進した人が撤回を認めにくかったりする組織では、形式的に整理しても結論を変えられない可能性がある。

※筆者による整理です。

こうした記録があれば、後から結果を見て「最初からそうなると思っていた」と説明してしまうことを、ある程度防げるかもしれません。施策がうまくいかなかった場合にも、実行の品質だけでなく、最初の仮説自体を振り返ることができます。ただし、そのためには個人の注意だけでなく、意思決定の進め方や組織の環境も考える必要があります。

おわりに|知識を増やすことと、考えを変えること

情報を集め、知識を増やすことは大切です。しかし、情報が増えたからといって、自分の考えが必ず深まるとは限りません。それまで信じていたことを支持する情報ばかり集めていれば、確信だけが強くなる可能性もあります。

ベーコンが論じたイドラは、人間が物事を理解しようとするとき、すでに持っている考え方に影響されることを問い直すものでした。現代の心理学における確証バイアスの研究も、情報を探し、評価する際の偏りを考える手がかりを与えてくれます。

ただし、すべての偏りを取り除いた、完全に中立な視点を手に入れられるわけではないでしょう。私たちは、何らかの知識や経験、関心を通して物事を理解しています。それ自体をなくそうとする必要もないと思います。重要なのは、自分がどのような前提で判断しているのかを意識し、その前提を見直す余地を持っておくことではないでしょうか。

私自身、企画や戦略を考えるとき、経験が増えるほど判断できることも増えました。一方で、経験があるからこそ、以前うまくいった方法を選びたくなることもあります。だからこそ、正しい答えを探すだけではなく、自分が何を正しいと考えているのかにも目を向けたいと思います。

調査を終えたとき、自分の考えは何も変わっていなかった。それ自体が間違いだとは思いません。十分に調べた結果、最初の仮説が支持されることもあるでしょう。ただ、そのときに一つ確かめたいことがあります。

もし最初の考えが間違っていたとして、今回の調査でそれに気づくことはできたのだろうか。

この問いを持つことが、自分の考えを深めるための一歩になるのではないかと思います。

参考文献・出典

以下は学術的な説明の確認に用いた文献です。現代の企画・ブランディングへの接続や実務例には、筆者自身の考察が含まれます。

  1. Bacon, F. (1620). Novum Organum(『ノヴム・オルガヌム』)。特に第1巻のイドラに関する箇所。原典英訳:Wikisource(新しいタブで開きます)
  2. Stanford Encyclopedia of Philosophy, Francis Bacon(新しいタブで開きます)。ベーコンの学問構想と四つのイドラに関する学術解説。
  3. Nickerson, R. S. (1998). Confirmation Bias: A Ubiquitous Phenomenon in Many Guises(新しいタブで開きます). Review of General Psychology, 2(2), 175–220. 確証バイアスの諸形態を整理したレビュー論文。
  4. Lord, C. G., Ross, L., & Lepper, M. R. (1979). Biased Assimilation and Attitude Polarization: The Effects of Prior Theories on Subsequently Considered Evidence(新しいタブで開きます). Journal of Personality and Social Psychology, 37(11), 2098–2109. 既存の立場による証拠評価の違いを扱った研究。
  5. Wason, P. C. (1960). On the Failure to Eliminate Hypotheses in a Conceptual Task(新しいタブで開きます). Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12(3), 129–140. 規則発見課題を用いた仮説検証の研究。
  6. Klayman, J., & Ha, Y.-W. (1987). Confirmation, Disconfirmation, and Information in Hypothesis Testing(新しいタブで開きます). Psychological Review, 94(2), 211–228. ポジティブ・テスト戦略の適切さと限界を検討した研究。
  7. Kerr, N. L. (1998). HARKing: Hypothesizing After the Results Are Known(新しいタブで開きます). Personality and Social Psychology Review, 2(3), 196–217. 研究結果を知ってから仮説を事前のものとして報告する問題を扱った論文。