ある企業が、顧客の購買データを分析したところ、三つのグループが見つかったとします。企業は、それぞれを「価格重視層」「品質重視層」「利便性重視層」と名づけ、グループごとに広告や案内を変えることにしました。
このとき、三つのセグメントは、もともと社会の中に存在していた集団なのでしょうか。それとも、分析の方法によってつくられた区分なのでしょうか。そして、セグメントごとに対応を変えたあとで、もう一度データを分析したとき、そこに表れる顧客は、最初と同じ顧客なのでしょうか。
セグメントは、顧客の中に見つかるものなのか。それとも、分類する側がつくっているものなのか。
今回は、市場細分化の考え方と、哲学者イアン・ハッキングの「ループ効果」を手がかりに、顧客セグメントやペルソナとの付き合い方を考えてみたいと思います。なお、企業や顧客の事例は、問題を説明するための仮想例です。
顧客セグメントは、実在する集団なのか
マーケティングでは、市場を複数のグループに分けることがあります。いわゆる市場細分化、マーケットセグメンテーションです。例えば、健康食品を販売している企業なら、顧客を年齢や性別、収入などによって分類することもあれば、健康への関心や購入目的によって分類することもあるでしょう。どのような基準を使うかによって、異なるセグメントが生まれます。
市場細分化に関する研究では、こうした分類の基準や分析方法が長く検討されてきました。WedelとKamakuraの『Market Segmentation: Conceptual and Methodological Foundations』でも、地理・人口統計的な特徴や生活様式、反応に基づく分類、統計モデルなど、さまざまな方法が扱われています。
セグメントは、発見されるものなのか
冒頭の問いには、単純には答えられません。人々の間には、実際に異なる購買傾向が存在する場合があり、その違いを統計的に捉えることには意味があります。しかし、購入金額を重視するのか、価格に対する反応を重視するのか、利用場面や購買目的を重視するのか。どのような変数を使うかによって、異なるグループが形成されるでしょう。そのため、分類された集団を、何らかの自然な境界によって明確に分かれた人々として理解するのは適切でない場合があります。
同じ人が、異なるセグメントに属することもある
例えば、ある人が普段は価格を重視して商品を購入しているとします。しかし、場面が変われば、選び方も変わるかもしれません。
同じ一人の顧客が、
場面によって別のセグメントに入る
同じ一人の顧客
- 普段の買い物価格重視層できるだけ安い商品を選ぶ。
- 大切な人への贈り物品質重視層価格より、品質やブランドを重視する。
- 急いでいるとき利便性重視層多少高くても、すぐに購入できる商品を選ぶ。
一定期間の購買傾向を分析することには意味がある。
ただし、状況や目的によって行動は変わる。
※論点を説明するための仮想例です。
この場合、その人を一つの固定的なセグメントで説明することは、どこまで適切なのでしょうか。私は、ここにマーケティングの分類の難しさがあると思います。顧客を理解するためには、共通する特徴を見つける必要があります。しかし、その共通する特徴だけで、顧客の行動を十分に説明できるとは限りません。
分類を使うことと、分類によって理解を終えてしまうことは、違うのです。
ハッキングは、分類が人を変えることに注目した
分類には、もう一つ興味深い性質があります。それは、人を分類することによって、分類された人々の行動や自己理解が変わる場合があるということです。
この問題を研究したのが、哲学者イアン・ハッキングです。ハッキングは、人間についての科学的な分類が、分類された人々と相互に影響し合うことに注目しました。その議論で重要になるのが、「ループ効果(looping effect)」です。
分類された人は、その分類に反応する
例えば、ある社会で、人々の行動について新しい分類がつくられたとします。研究者や専門家がその分類を使って人々を調べ、分類が社会に広まると、人々は自分自身をそのカテゴリーに当てはめて理解するようになるかもしれません。医療や教育、行政などの制度も、その分類を使うようになる可能性があります。
分類は、
現実を記録するだけとは限らない
分類が人々に影響し、その人々の変化が分類にも影響する
01
分類する
行動や特徴をもとに、人々をカテゴリーに分ける
02
扱いが変わる
分類に応じて、施策・制度・周囲の対応が変わる
03
人々が反応する
行動や、場合によっては自己理解が変わる
04
データが変わる
新しい行動が観測される
05
再分類する
変化した状態をもとに、分類を見直す
再び01へ
※ハッキングのループ効果を、人間の分類と行動の相互作用として簡略化した概念図です。
ハッキングは、特に人間の社会的・心理的なカテゴリーについて、この問題を考えました。重要なのは、分類が単に現実を記録するだけではなく、現実のあり方に影響する場合があるという点です。
マーケティングの分類でも、似たことは起こるのか
ここで、顧客セグメントについて考えてみます。企業が分類によって異なる対応を行えば、その後の顧客行動にも違いが生まれる可能性があります。
分類に基づく施策が、
次の分類の材料をつくる
- 休眠ユーザー利用再開を案内する一部の人が、久しぶりにサービスを利用する。
- 優良顧客特別な会員制度を案内するさらに利用頻度が高まる可能性がある。
- 新規顧客初期利用を支援する継続して利用するかどうかが変わる。
Next Segmentation
次に分類するときには、
施策によって変化した利用状況が含まれる
ハッキングのループ効果と、
そのまま同一視はしない。
ハッキングの議論は、分類された人々の自己理解や社会的な扱いが変わることを含む、より広い問題を扱っている。ここで注目するのは、分類に基づく働きかけが対象の行動を変える場合があるという、限定的な類似性。
※顧客セグメント・CRM施策に接続した筆者独自の応用例です。
この区別を踏まえても、私には興味深い問題に思えます。企業は、顧客の行動を理解するために分類をつくります。しかし、その分類によって施策を変えることで、顧客の行動自体にも影響を与えています。そうだとすれば、分類された結果を、顧客にもともと備わっていた固定的な特徴として理解することには、注意が必要なのでしょう。
ペルソナは、人間を理解するための方法なのか
顧客を理解する方法として、ペルソナが使われることがあります。特定の顧客像を設定し、年齢や職業、生活環境、サービスを利用する目的などを整理する方法です。ペルソナをつくることで、どのような人のためにサービスを設計するのかを、関係者の間で共有しやすくなります。
例えば、ある企業が新しい金融サービスを設計しようとしているとします。開発チームには、さまざまな専門性を持つ人が参加しています。それぞれが異なる顧客像を想定していれば、議論がかみ合わないかもしれません。そこで、具体的な利用者像を共有することには意味があります。しかし、ペルソナにも注意すべきことがあります。
具体的な人物像が、事実のように扱われる
例えば、次のようなペルソナを設定したとします。この人物像は、具体的で想像しやすいものです。しかし、その情報は何を根拠に設定されたのでしょうか。
具体的であることと、
根拠があることは違う
Persona設定した人物像
- 32歳
- 都内の企業で働いている
- 共働きで、忙しい毎日を送っている
- 買い物では効率を重視する
- スマートフォンで情報を収集する
Questions確かめたいこと
- 実際の顧客調査に基づいているか
- 担当者が想像した人物像ではないか
- 忙しい共働きの人が、必ず効率を重視するのか
- 買い物そのものを楽しみたい人はいないか
根拠の弱い仮定も、
具体的な人物像になると事実のように扱われやすい。
※論点を説明するための仮想のペルソナです。
ペルソナをつくることによって、顧客への理解が深まる場合があります。一方で、根拠の弱い仮定が、具体的な人物像として表現されることで、事実のように扱われる可能性もあります。
一人の人物像で、すべてを説明できるのか
もう一つ気になるのは、ペルソナが使われる範囲です。あるペルソナをもとに、Webサイトのデザインを考えたとします。その人物にとって、どのような情報が必要なのかを検討することには意味があるでしょう。しかし、同じペルソナを、広告のターゲティングや、商品開発、カスタマーサポートの設計にそのまま利用できるとは限りません。
場面によって、
重要になる顧客の特徴は変わる
- Webサイト情報を探す目的何を探しているか。操作に慣れているかどうか。
- 広告購入を検討するきっかけどのような情報に接触しているか。
- カスタマーサポート利用中に経験している問題どこで、何に困っているか。
何のためにその人物像を使うのかを考える。
※筆者による整理です。
ペルソナそのものが悪いわけではありません。しかし、ペルソナが具体的であることと、顧客を正確に理解できていることは、同じではないのだと思います。
顧客を分類するとき、何を確かめるべきか
ここまでの議論を踏まえると、顧客を分類する際に確認したいことがいくつかあります。
顧客を分類するときに確かめたい、
四つのこと
※ハッキングらが提唱したマーケティング手法ではありません。分類についての議論を学んだうえで、筆者が顧客理解の仕事に接続して整理した問いです。
おわりに|分類は、顧客と一緒に変わっていく
市場細分化の研究が示すように、どのような変数を使うかによって、異なるセグメントが生まれます。そしてハッキングは、人間についての分類が、分類された人々に影響し、その結果として分類そのものが変化する場合があることを示しました。企業は、顧客の行動を理解するために分類をつくります。しかし、その分類によって施策を変えることで、顧客の行動自体にも影響を与えています。
顧客を年齢や購買履歴によって分類することには意味があります。ペルソナをつくり、具体的な利用者像を共有することにも価値があります。しかし、その分類や人物像だけで、顧客を十分に理解できたと考えることには注意が必要でしょう。同じ人でも、時間や状況によって求めるものが変わります。
人間は、固定されたデータではありません。生活が変わり、経験を重ね、環境との関係の中で行動を変えていきます。そうした人々について理解しようとするのであれば、分類そのものも、変化に開かれている必要があるのかもしれません。
私たちが見ているセグメントは、顧客がもともと持っていた姿なのでしょうか。それとも、自分たちの分類と施策がつくった姿なのでしょうか。
参考文献・出典
顧客セグメント、ペルソナ、会員制度などの事例は、概念を理解するために筆者が作成した仮想例です。原典の議論と、マーケティング・サービスデザインへの応用は区別して記述しています。
- Wedel, M. & Kamakura, W. A. (2000). Market Segmentation: Conceptual and Methodological Foundations(新しいタブで開きます). Springer. 市場細分化の理論、分類基準、統計的な分析手法などを整理した文献。
- Hacking, I. (1996). The Looping Effects of Human Kinds(新しいタブで開きます). In Causal Cognition: A Multidisciplinary Debate, pp. 351–394. Oxford University Press. 人間についての分類と、分類された人々の間に生じる相互作用についての研究。
- Hacking, I. (2006). Making Up People(新しいタブで開きます). London Review of Books, 28(16). 人間を分類することで、人々の自己理解や行動が変化する可能性を論じた論考。
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, Social Ontology(新しいタブで開きます)(2024年改訂)。社会的カテゴリーの成立や、人間への分類が行動に及ぼすループ効果などに関する学術解説。



