あるブランドのバッグが、急に人気を集めたとします。街で見かける機会が増え、SNSでも頻繁に紹介されるようになりました。それまで関心のなかった人も、次第に欲しいと思うようになります。
一方、以前からそのバッグを使っていた人の中には、少し複雑な気持ちになる人がいるかもしれません。「最近、みんな持っているようになった」。バッグの品質が下がったわけではありません。デザインも、素材も、使い勝手も変わっていません。
変わったのは、その商品を使っている人々の広がりです。多くの人が使い始めたことによって、ある人には魅力が増し、別の人には魅力が失われる。同じ商品なのに、その評価が反対の方向へ変化するのです。
私たちは、商品そのものを好きになっているのでしょうか。それとも、その商品を選ぶことによって、周囲の人々との間に生まれる関係を含めて、好きになっているのでしょうか。
さらに、もう一つの問いがあります。人と同じものを選ぶのは、周囲に影響されているからだと説明できそうです。では、人と違うものを選ぶことは、周囲から自由な選択なのでしょうか。
この問いを考えるために、まずは100年以上前の社会学に目を向けてみたいと思います。なお、冒頭のバッグの例は、議論のための仮想例です。
01|同じでありたいことと、違っていたいこと
ドイツの哲学者・社会学者ゲオルク・ジンメルは、1904年の論考「Fashion」で、流行を模倣と差異化の両面から考えました。
ある集団の人々が同じ服装を取り入れることは、その集団の中で共通性をつくります。一方、その服装は、別の集団との違いを示すものにもなります。
例えば、同じ職場で似たような服装をしている人々がいたとします。その人々は、互いに似ていることで、同じ集団に属しているように見えるかもしれません。しかし、その服装は、別の職場や文化に属する人々との違いも示すでしょう。
つまり、誰かと同じになることが、別の誰かとの違いを示すことにもなるのです。
ある音楽を好きな人々が、似たような服装をする。特定のスポーツを好む人々が、共通するブランドを身につける。同じものを選ぶことは、個性を失うことだとは限りません。むしろ、その集団の外側にいる人々との差異を表す場合があります。
ジンメルは、当時の社会階級の構造を背景に、ある集団の様式が他の集団へ模倣によって広がり、最初の集団が新しい様式へ移る過程も論じました。
ただし、これは現代のあらゆる流行に通用する法則ではありません。今日の流行は、ストリートカルチャーやオンラインコミュニティなど、多様な場所から生まれます。上位の階級から下位の階級へ一方向に広がるとは限らないでしょう。
また、ジンメルの文章には、当時のジェンダー観など、現代の観点から批判的に扱うべき議論も含まれています。
それでも、模倣と差異化を対立する二つの行動ではなく、同時に働く社会的な力として捉えたことには、現在でも考える価値があると思います。「人と同じものを選ぶ人は流行に流されているが、人と違うものを選ぶ人は自立している」という区別は、少し単純すぎるのかもしれません。
02|流行を避ける人も、流行を見ている
例えば、ある音楽が突然人気を集めたとします。以前から聴いていた人が、その音楽を好きでなくなったわけではないのに、以前ほど聴かなくなったとします。理由を尋ねると、「みんなが聴いているから」という答えが返ってきました。
その人は、多数派の選択に従っているわけではありません。しかし、多数派の選択を基準にして、自分の選択を変えています。これは本当に、周囲から独立した選択といえるのでしょうか。
2007年、ジョナ・バーガーとチップ・ヒースは、消費者が他者とは異なる選択をする行動について研究を発表しました。論文「Where Consumers Diverge from Others: Identity Signaling and Product Domains」では、四つの研究を通じて、アイデンティティとの関係が強い商品領域で、人々が多数派や特定の集団と異なる選択をする傾向が検討されています。
例えば、音楽や髪型のように、自分がどのような人間であるかを表すと考えられやすい領域では、その選択が他者にどう受け取られるかが重要になる場合があります。
研究は、人々が望ましくないアイデンティティを伝えることを避けるために、他者と異なる選択をする場合があることを示しています。ただし、この結果が、すべての商品や文化に同じ程度当てはまるわけではありません。自分を表す意味が強い商品と、そうではない商品では、他者との違いが持つ重要性も変わります。
ここで考えたいのは、多数派を避けるという行動もまた、社会的な関係の中で理解できるということです。流行しているものを選ぶ人も、流行を避ける人も、ときには周囲の選択を参照しています。違うのは、その参照の仕方なのです。
FIGURE 01
人と同じものを選ぶことも、違うものを選ぶことも。
第2章の末尾
IMITATION模倣:同じものを選ぶ
「あの集団と同じでありたい」
DIFFERENTIATION差異化:違うものを選ぶ
「あの集団とは違っていたい」
問いの変化
どちらも、他者との関係から生まれる選択かもしれない。
学説に基づく部分:ジンメルの模倣と差異化/筆者独自の図解:多数派を選ぶ行為と避ける行為を同じ構造で比較したこと
03|高価なものを選ぶのは、なぜか
1899年、ソースティン・ヴェブレンは『有閑階級の理論』で、消費と社会的な地位の関係を検討しました。その議論でよく知られているのが、顕示的消費です。商品を使うことには、実用的な必要を満たす以外に、財力や地位を示す働きがある場合があります。
例えば、高価な時計を購入した人について考えてみます。時計を購入した理由は、時間を正確に知るためだけではないかもしれません。素材や製造技術に魅力を感じたのかもしれませんし、長い歴史を持つブランドに価値を感じたのかもしれません。同時に、その時計を所有することが、社会的な地位を示す場合もあるでしょう。
だからといって、高額な商品を買う人が、必ず他人へ財力を誇示したいと思っているわけではありません。人に見せず、自分の楽しみのために高価な商品を購入することもあります。機能や耐久性に価格相応の価値を見いだすこともあるでしょう。
ヴェブレンの議論を、すべての高額消費が見栄であるという説明にしてしまえば、かえって消費者の行動を理解できなくなります。
ここで重要なのは、商品が単なる機能の集合ではなく、社会の中で意味を持つ場合があるという点です。そして、どのような消費が地位を示すのかは、時代や集団によって変わります。
高価であることをわかりやすく示す場合もあれば、高価であることが誰にでもわかるわけではない表現が好まれる場合もあるでしょう。商品を通じた自己表現には、その意味を読み取る他者の存在が関わっているのです。
04|誰にも気づかれない高級品に、意味はあるのか
2010年、バーガーとモーガン・ワードは、「Subtle Signals of Inconspicuous Consumption」という論文を発表しました。この研究では、目立たないシグナルが、消費においてどのような役割を持つのかが検討されています。
一般に、社会的な地位やアイデンティティを示したいのであれば、わかりやすいロゴや特徴を使う方が効果的に思えるかもしれません。しかし、研究では、特定の分野について文化的な知識を持つ人々が、目立たないシグナルを好む場合があることが示されています。
詳しい人には伝わるけれど、そうでない人には伝わらない。そうした特徴が、特定の集団との関係を示す場合があるのです。
ここには、少し不思議な構造があります。他人に見せるための消費でありながら、すべての人に伝わる必要はない。むしろ、限られた人にだけ理解されることが重要になる場合があります。
ただし、控えめなロゴが必ず高級な印象を生むわけではありません。商品カテゴリーや購入者が属する文化によって、その意味は異なるでしょう。また、誰にも気づかれないとしても、本人が自分の満足のために商品を使っているのであれば、それはそれで意味のある選択です。
消費をすべて、他者へのメッセージとして捉えることも適切ではありません。それでも、この研究を知ると、「ブランドはできるだけ多くの人にわかりやすく認識されるべきだ」という考え方について、別の問いが生まれます。
ブランドの表現は、誰にでも伝わることだけが価値なのでしょうか。それとも、誰に何が伝わるかによって、その価値は異なるのでしょうか。
05|そもそも、自分の好みは誰がつくったのか
ここまでは、人々が自分の選択を通じて、他者との関係を示すことについて考えてきました。しかし、もう一段考えてみたいことがあります。
人と同じものを選ぶことも、人と違うものを選ぶことも、私たち自身の好みによって決まっているように思えます。では、その好みは、どのように生まれたのでしょうか。
ピエール・ブルデューは1979年の『ディスタンクシオン』で、文化的な好みと社会階級の関係を検討しました。音楽、食事、美術などに対する好みは、個人が自由に選んだものだけではなく、育った環境や教育、生活の中で身につけた文化的な経験とも関係しています。
例えば、幼い頃からある音楽に親しんでいた人は、その音楽を自然に好ましいと感じるようになるかもしれません。一方、ほとんど接したことがない人には、その魅力がすぐにはわからない場合もあるでしょう。
ブルデューは、こうした社会的な条件と文化的実践との関係を分析しました。ただし、社会階級によって個人の好みが完全に決定されるわけではありません。同じ家庭で育った人でも、異なる趣味を持つことがあります。新しい文化に出会い、好みが変化することもあるでしょう。
また、ブルデューの研究は、特定の時代のフランス社会を重要な対象としています。その結果を現代のあらゆる社会へそのまま適用することには注意が必要です。
それでも、彼の議論は、自分らしさについて考えるときに、見落としがちな問題を示しています。私たちは「自分の好みで選んでいる」と言います。しかし、その好み自体が、これまで出会った人々や環境、文化によって育まれてきたものだとすれば、純粋に自分だけで形成した好みというものを考えることは難しいのかもしれません。
FIGURE 02
「自分の好み」は、どこから生まれるのか。
第5章の末尾
- 経験育った環境・出会った文化どのようなものに親しんできたか
- 社会集団・地位・周囲の評価何が望ましいとされてきたか
- 個人感覚・思い出・判断何を大切にして選ぶか
問いの変化
好みが社会的に形成されることは、個人の判断が存在しないという意味ではない。
学説に基づく部分:ブルデューによる好みと社会的条件の関係/筆者独自の図解:経験・社会・個人の3要素への整理
06|ブランドが「自分らしさ」を売るとき
ここからは、学問の議論を手がかりに、現在のブランドやコミュニケーションについて考えてみたいと思います。
広告では、ときどき「自分らしく」という言葉が使われます。周囲に合わせるのではなく、自分が本当に好きなものを選ぼう。そのメッセージには、人々の自由な選択を後押しする魅力があります。
しかし、少し不思議なことも起きます。あるブランドが「人と違う自分でいよう」というメッセージを広く発信し、多くの人がそのブランドを選び始めたとします。その結果、そのブランドを選んでいる人々が、一つの集団として認識されるようになるかもしれません。
もともとは人と違うことを表していた商品が、今度はある集団と同じであることを表す。ここには、ジンメルが考えた模倣と差異化の関係を思わせる構造があります。
そして、ブランドを選んで自分らしさを表そうとする行為が、いつの間にか、ブランドが用意した自分らしさの形に合わせる行為になっている可能性もあります。
これは、すべてのブランディングが人々を画一化するという批判ではありません。商品やブランドに出会うことで、自分の好みを発見したり、これまでできなかった自己表現が可能になったりすることもあるでしょう。
ただ、ブランドが提供するのは、自分らしくなるための唯一の正解ではないはずです。同じブランドを選んでいても、その理由は人によって異なります。ある人は機能性を重視し、別の人は文化的な意味を大切にし、また別の人は自分の思い出と重ねているかもしれません。
企業が定義した一つの顧客像では、そのすべてを説明できるとは限りません。私は、ブランドが人々に与えられる価値を考えるとき、「このブランドはどのような人間であることを示すのか」という問いだけでは足りないと思います。
そのブランドを通じて、人々がそれぞれどのような関係や経験をつくっているのか。そこまで見ようとする必要があるのでしょう。これは、ジンメルやブルデューが提唱したブランド戦略ではなく、彼らの議論を読んだ私自身の応用です。
07|人と違うことは、自分らしさなのか
ここまで、人が何かを選ぶとき、周囲の人々や社会的な環境がどのように関係するのかを考えてきました。
ジンメルは、同じものを選ぶことと違うものを選ぶことが、流行の中で結びついていることを示しました。ヴェブレンは、消費が地位や社会的な評価を示す場合があることを論じました。ブルデューは、私たちの好みそのものが、社会的な経験と無関係ではないことを考察しました。
それぞれの研究が扱った問題は異なります。また、その説明がすべての人の行動に当てはまるわけではありません。しかし、私はここから、自分らしさという言葉について考え直したいと思います。
私たちは、人と違うものを選ぶことを、自分らしい選択だと考えがちです。しかし、人と違うことだけを目的にしているのであれば、その選択は、周囲の人々が何を選んでいるかによって決まってしまいます。
反対に、多くの人が使っているものでも、自分にとって大切な理由があれば、その選択には意味があるでしょう。
例えば、流行しているからという理由で買った服が、実際に着てみると驚くほど気に入ることがあります。最初のきっかけが他者の影響だったとしても、それを自分の生活の中で使い続ける理由は、後から生まれるかもしれません。
また、人と違う商品を選んでいた人が、その商品を好きな仲間と出会うことによって、別の意味を感じるようになる場合もあるでしょう。社会的な影響を受けた選択は、本物の自分らしさではないと決めつけることも、単純すぎるのです。
そもそも、他者の影響を一切受けない自分というものを、私たちはどこまで考えることができるのでしょうか。人との関係の中で好みが形成されるからといって、その好みが本人にとって偽物になるわけではありません。
むしろ、さまざまな経験を通して変化していくことも、自分の選択の一部なのかもしれません。
FIGURE 03
問いを変えると、自分らしさの意味が変わる。
結論の直前
BEFORE人と同じか、違うか
選択の結果で、自分らしさを測ろうとする。
AFTERなぜ選び、どう付き合うか
選択の理由と経験から、自分らしさを考える。
問いの変化
他人との差異だけで測るのではなく、選択の背景と、その後の経験を考える。
学説に基づく部分:学説そのものの図ではない/筆者独自の図解:本文から導いた問いの変化を図式化
おわりに|違うものを選ぶのではなく、選ぶ理由を考える
冒頭のバッグの例に戻ります。多くの人が使うようになったことで、そのバッグを欲しくなった人がいました。一方、多くの人が使うようになったことで、以前ほど魅力を感じなくなった人もいました。
どちらが正しいのでしょうか。この問いには、簡単には答えられません。なぜなら、二人は必ずしも同じ価値を求めているわけではないからです。
周囲との共通性に魅力を感じることもあれば、ほかの人との違いを大切にすることもあります。また、そうした社会的な意味とは関係なく、商品の使いやすさやデザインを好きになることもあるでしょう。
私たちは、商品そのものだけでなく、その商品との間につくってきた経験や関係も含めて、選択しているのかもしれません。
だから、今回の学習を通して、最初の問いを少し変えたいと思います。「なぜ人と同じものを選び、人と違いたがるのか」から、「人と同じか違うかだけで、自分らしさを判断できるのか」へ。
人と違うことを目的にしているとき、私たちは、周囲の人々の選択に強く依存している可能性があります。反対に、人と同じものを選んでいても、それを大切にする自分なりの理由を持っていることがあります。
自分らしい選択とは、必ずしもほかの人と違う選択ではないのでしょう。では、私たちは何をもって、自分らしい選択だったと考えられるのでしょうか。
人と違うものを選んだかどうかではなく、なぜそれを選び、その選択とどう付き合っているかを考えることが、自分らしさを理解する入口になるのかもしれません。
参考文献・出典
- Georg Simmel(1904)“Fashion”. International Quarterly. 1957年に American Journal of Sociology に再掲載。論文情報。
- Thorstein Veblen(1899)The Theory of the Leisure Class. 原典全文(Project Gutenberg)。
- Pierre Bourdieu(1979)La Distinction: Critique sociale du jugement. 英訳 Distinction(1984)。書誌情報。
- Jonah Berger & Chip Heath(2007)“Where Consumers Diverge from Others: Identity Signaling and Product Domains”. Journal of Consumer Research, 34(2), 121–134. 論文。
- Jonah Berger & Morgan Ward(2010)“Subtle Signals of Inconspicuous Consumption”. Journal of Consumer Research, 37(4), 555–569. 論文。
- Young Jee Han, Joseph C. Nunes & Xavier Drèze(2010)“Signaling Status with Luxury Goods: The Role of Brand Prominence”. Journal of Marketing, 74(4), 15–30. 論文。
本文のバッグや音楽などの事例は説明のための仮想例です。学説の内容、実証研究、筆者自身の現代のブランドへの応用は区別しています。