あるWeb制作会社が、自社のサービスを「Webサイト制作」から「事業成長支援」へと言い換えたとします。それまでのWebサイトでは、デザインやシステム開発の品質、制作実績などを中心に紹介していました。しかし、新しいサイトでは、顧客の事業課題を理解し、戦略の立案から実行、改善まで支援することを強調しています。

提供しているサービスの内容が大きく変わっていなくても、顧客の受け取り方は変わるかもしれません。「Web制作会社」として見ていた企業が、「事業の課題を相談できるパートナー」として認識されるようになる可能性があります。その結果、これまでとは違う相談が届くようになるかもしれません。

ただ、ここで気になることがあります。

企業を説明する言葉が変わったとき、その企業の価値そのものも変わったといえるのでしょうか。

顧客が企業を見る目は変わるかもしれません。しかし、実際に提供できるサービスや組織の能力が変わるわけではありません。反対に、すでに高い価値を提供しているにもかかわらず、それを適切な言葉で伝えられていない企業もあるでしょう。その場合には、言葉を変えることによって、これまで顧客に認識されていなかった価値が伝わる可能性があります。

ブランディングにおいて、言葉を考える仕事は欠かせません。企業理念、ブランドコンセプト、タグライン、サービスの名称、商品説明。どのような言葉を選ぶかによって、企業が伝えようとする意味は大きく変わります。しかし、言葉が変われば、本当にブランドの価値も変わるのでしょうか。

今回は、言語学者フェルディナン・ド・ソシュール、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、そして現代の心理学やブランド研究を手がかりに、言葉と価値の関係を考えてみたいと思います。なお、冒頭のWeb制作会社は、論点を説明するための仮想例です。

企業が伝えたい価値と、顧客が受け取る価値は同じなのか

企業が自社の強みを説明するとき、「高品質」「信頼性」「柔軟な対応」「顧客に寄り添う」といった言葉を使うことがあります。どれも、企業にとって重要な価値を表しているのでしょう。しかし、顧客はそれぞれの言葉を、どのような意味で受け取っているのでしょうか。

例えば「高品質なWebサイト」という言葉を考えてみます。ある顧客は、洗練されたデザインを想像するかもしれません。別の顧客は、表示速度やセキュリティ、システムの安定性を重視しているかもしれません。更新のしやすさや、公開後の運用サポートまで含めて品質を判断する人もいるでしょう。企業が「高品質」という言葉に込めた意味と、顧客がその言葉から期待することは、必ずしも一致しません。

これは、単にわかりやすい文章を書けば解決する問題なのでしょうか。私は、もう少し複雑な問題だと思っています。

言葉は、企業が自分たちの考えを一方的に伝えるための道具ではありません。顧客は、自分の経験や知識、これまで接してきた企業との比較を通して、その言葉を理解します。企業が言葉を選んだ時点で、その意味がすべて決まるわけではないのです。

「選ばれている理由」を企業自身が理解していないこともある

もう一つ、考えたいことがあります。企業が考える強みと、顧客がその企業を選んでいる理由は、必ずしも同じではないということです。

例えば、ある制作会社は、自社の強みをデザインの品質だと考えていたとします。しかし、顧客に話を聞いてみると、異なる評価が集まりました。

企業が考える強みと、
顧客が選ぶ理由はずれることがある

企業の自己認識自社の強み

デザインの品質

完成したWebサイトで価値を説明している

顧客の声選んでいる理由

  • 「事業のことを理解してくれる」
  • 「説明がわかりやすく、社内で意思決定しやすい」
  • 「問題が起きたときの対応が早い」
  • 「制作が終わってからも相談できる」

顧客が感じている価値の一部が、
企業の言葉に反映されていないかもしれない。

※論点を説明するための仮想例です。

こうした理由で選ばれていたとしたら、その企業の価値は完成したWebサイトだけでは説明できません。必要なのは新しい強みをつくることではなく、すでに提供している価値を理解し、適切に表現することかもしれません。

ここには、ブランディングにおける重要な仕事があると思います。企業が言いたいことを魅力的な言葉にする前に、顧客が何を価値として受け取っているのかを知ることです。

ソシュールは、言葉と意味の関係をどう捉えたのか

言葉と意味の関係について考えるうえで参考になるのが、フェルディナン・ド・ソシュール(1857〜1913)の言語学です。ソシュールはスイスの言語学者で、近代言語学や構造主義の発展に大きな影響を与えました。

彼の思想を知るうえで重要なのが、1916年に刊行された『一般言語学講義』です。ただし、この本はソシュール自身が書き下ろして出版した著作ではありません。彼の死後、シャルル・バイイとアルベール・セシュエが、講義の記録などをもとに編集したものです。そのため、書物の内容とソシュール本人の考えとの関係には、研究上の議論があることも知っておく必要があります。

言葉は、物に名前を貼り付けているだけではない

『一般言語学講義』では、言語記号が二つの側面から成り立つと説明されています。一つは「シニフィアン(能記)」と呼ばれる音のイメージ。もう一つは「シニフィエ(所記)」と呼ばれる概念です。

例えば、「木」という言葉を考えてみます。私たちは「き」という音のイメージと、幹や枝を持つ植物の概念を結びつけています。ここで重要なのは、ソシュールが言語記号を、物そのものと名前の直接的な結びつきとして説明しているわけではないことです。音のイメージと概念が結びつくことで、言語記号が成立すると考えます。

そして、その結びつきは自然必然的なものではありません。日本語で「木」と呼ぶものを、英語では「tree」と呼びます。同じ対象に関わる概念でも、言語が異なれば結びつく音の形式は変わります。ソシュールは、この性質を「記号の恣意性」と呼びました。

ただし、恣意的であることは、個人が自由に言葉の意味を変えられるという意味ではありません。言語は社会的な慣習によって共有されているため、一人の話し手が勝手に意味を変更しても、相手に理解されるとは限りません。

言葉と意味は、
どう結びついているのか

ソシュールは言語記号を、音のイメージと概念の結びつきとして考えた

シニフィアン|能記

「き」

音のイメージ

シニフィエ|所記

木という概念

幹や枝を持つ植物

ブランドへの応用

企業が使う言葉

「高品質」

顧客が想像する価値

耐久性? デザイン? サポート?

伝える側が意図した意味と、
受け取る側の理解が一致するとは限らない。

※ソシュールの言語記号論を参考に作成しました。下段は言語記号の理論をブランドの問題へ応用した独自の整理であり、シニフィエと顧客のブランド連想を同一視するものではありません。

ここはブランドを考えるときにも、慎重に理解しておきたいところです。企業が新しい言葉をつくったからといって、その意味を顧客に自由に受け入れてもらえるわけではありません。言葉を発する側の意図だけで、相手の理解を決めることはできないのです。

言葉の意味は、ほかの言葉との違いにも関係する

ソシュールの議論でもう一つ興味深いのが、言語の「価値」という考え方です。ここでいう価値は、企業や商品の経済的な価値とは異なります。言語体系の中で、ある記号がほかの記号とどのような関係にあるかという問題です。

例えば、日本語には「羊」という言葉があります。英語では、生きた羊を指す「sheep」と、羊肉を指す「mutton」が区別されます。一つの言語で一語が担う意味の範囲が、別の言語では複数の語に分かれていることがあります。言葉は、それ単独で完結した意味を持つだけでなく、同じ言語体系にあるほかの言葉との違いによっても位置づけられるのです。

この考え方を知ると、ブランドの言葉についても少し違った見方ができます。例えば、「伴走」という言葉を使う企業があったとします。その言葉が何を意味するかは、「支援」「代行」「コンサルティング」「運用」といった、周囲で使われている言葉との関係によっても受け取られ方が変わるかもしれません。

ただし、ソシュールの言語学が、そのままブランドの競争関係を説明しているわけではありません。言語体系の中で意味がどのように成立するかという議論と、市場でブランドがどう比較されるかという問題は別です。それでも、言葉を考える際に、辞書的な意味や企業自身の意図だけを見ていては不十分かもしれない、という視点を与えてくれます。

言葉を変えると、比較される相手も変わる

ここで、冒頭のWeb制作会社の例に戻ってみます。「Webサイト制作」と「事業成長支援」。この二つは、単に表現の印象が違うだけではありません。顧客が想定するサービスの範囲や、比較する企業も変わる可能性があります。

「Webサイト制作」であれば、制作会社同士を比較するかもしれません。デザインの品質、制作費、開発技術、納期、運用のしやすさなどが、主な比較項目になるでしょう。一方、「事業成長支援」という言葉を使えば、経営コンサルティング会社やマーケティング支援会社なども、比較対象に入る可能性があります。

すると、求められる能力も変わります。デザインや開発だけでなく、事業課題の理解、戦略立案、マーケティング施策の実行、継続的な成果改善などが期待されるかもしれません。つまり、言葉を変えることで、顧客がその企業を評価する基準そのものが変わる可能性があるのです。

同じ会社でも、
名乗り方によって期待が変わる

提供サービスが同じでも、顧客の比較対象や評価基準は変わる可能性がある

  1. Positioning AWebサイト制作

    比較される相手
    • Web制作会社
    • 開発・制作会社
    期待される能力
    • デザインの品質
    • 開発技術
    • 制作費・納期
    • 運用のしやすさ
  2. Positioning B事業成長支援

    比較される相手
    • マーケティング支援会社
    • コンサルティング会社
    期待される能力
    • 事業課題の理解
    • 戦略立案
    • 成果の検証
    • 継続的な改善

言葉を変えることで、評価される基準が変わり得る。

ただし、名乗り方が変わっても、実際の能力やサービスが自動的に変わるわけではない。

※ブランドの参照枠(Frame of Reference)の考え方を参考にした仮想例です。

ブランドの「参照枠」という考え方

ブランド戦略の研究でも、企業がどのようなカテゴリーの中で比較されるかは重要な問題として扱われています。ケビン・レーン・ケラー、ブライアン・スターンサル、アリス・タイバウトは、2002年の『Harvard Business Review』の記事で、ブランドのポジショニングに関する三つの問いを提示しています。

その一つが、ブランドの「参照枠(Frame of Reference)」についての問いです。顧客がそのブランドを、どのような製品やサービスのカテゴリーに属するものとして理解しているのか。そして、どのような競合と比較しているのか。その枠組みが変われば、重要になる差別化要素も変わる可能性があります。

例えば、ある商品を「健康飲料」として考えるのか、「日常的な水分補給の選択肢」として考えるのかによって、比較対象や評価基準は変わり得ます。

ただし、比較されるカテゴリーを広げれば、必ずブランドが強くなるわけではありません。参照枠を変えることで、それまで求められていなかった条件を満たす必要が生じることもあります。実際には提供していない価値を期待されるようになれば、顧客の不満につながる可能性もあるでしょう。

したがって、ブランドの言葉を変えるときには、どのように見られたいかだけでなく、その見られ方に応えられるかどうかも考える必要があります。

同じ情報でも、伝え方が変わると判断が変わる

言葉の選び方が人間の判断に影響することは、心理学でも研究されています。その代表的な概念の一つが「フレーミング効果」です。

フレーミング効果とは何か

エイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンは、1981年の論文『The Framing of Decisions and the Psychology of Choice』で、意思決定の問題がどのように提示されるかによって、人々の選択が変わり得ることを示しました。

よく知られているのが、600人の命が危険にさらされている状況で、感染症への対策を選ぶという仮想的な問題です。同じ結果を、どちらの言葉で示すかによって、人々の選好が変化しました。

結果は同じでも、
伝え方によって選好が変わる

600人の命が危険にさらされている状況で、ある対策の結果を説明する

Gain frame救われる人数を強調

200人が助かる

Loss frame失われる人数を強調

400人が亡くなる

人間の判断は、
結果の客観的な数値だけでは決まらない。

ただし、選択肢のリスクや結果の提示方法を比較した実験であり、ポジティブな言葉を使えば商品が売れることを証明した研究ではない。

※Tversky & Kahneman(1981)の問題をもとに簡略化した図です。実際の実験では、提示される選択肢全体に対する選好が比較されています。

ブランドの言葉にも同じことがいえるのか

ブランドのコミュニケーションでも、似た問題を考えることができます。例えば、ある商品の特徴を「軽量化によって持ち運びやすくなった」と説明する場合と、「必要なものだけを残したシンプルな設計」と説明する場合を考えてみます。同じ商品の特徴について語っていても、前者は機能的な利便性に、後者は設計思想に注目させるかもしれません。顧客がその商品をどのようなものとして理解するかに、違いが生まれる可能性があります。

ただし、これはフレーミング効果の実験結果を、そのままブランドの購買行動に適用したものではありません。表現の違いがブランド認識や購買行動に与える影響を確かめるには、対象となる顧客や商品、提示条件を踏まえた調査が必要です。その区別は大切にしたいと思います。

言葉の選び方には、人々の注目する部分を変える力があるかもしれません。しかし、どのような表現が、どのような状況で、どの程度の効果を持つのかは、別の問題なのです。

言葉の音にも、受け取る印象を変える働きがある

意味の内容だけでなく、言葉の音そのものが印象に関係することもあります。エリック・ヨークストンとギータ・メノンは、2004年の研究で、架空のブランド名の音が、消費者による製品属性の推測や評価に影響し得ることを示しました。この研究では、架空のアイスクリームのブランド名に含まれる音の違いが、クリーミーさやなめらかさなどの印象に影響することが検討されています。こうした現象は「音象徴」と呼ばれます。

先ほどソシュールが論じた記号の恣意性を、名前の音が印象に影響しないという主張と理解するのは適切ではありません。ソシュールの議論は、言語記号の結びつきと体系についてのものです。一方、音象徴の研究は、音が受け手の推測や評価にどのように影響するかを扱っています。問いの水準が異なるため、両者を単純な矛盾として捉える必要はありません。

ブランドのネーミングを考えるときには、言葉の意味だけでなく、音の響きや発音のしやすさ、文化的な文脈なども検討する価値があるのでしょう。ただし、名前の音だけでブランドの価値や成長が決まるわけではありません。

ウィトゲンシュタインは、言葉の意味を「使われ方」から考えた

ここまで見てきたのは、主に言葉がどのような意味や印象を生み出すのかという問題でした。しかし、ブランドの言葉を考えるとき、私はもう一つ気になることがあります。それは、言葉を発した後、その意味がどのように受け取られ、確かめられていくのかということです。この問題を考えるうえで参考になるのが、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889〜1951)の哲学です。

言葉の意味は、辞書に書かれた定義だけで決まるのか

ウィトゲンシュタインは、1953年に死後出版された『哲学探究』で、言葉の意味をその使用と結びつけて考えました。同書の第43節では、意味という言葉が使われる多くの場合について、語の意味を言語における使用から説明できると述べています。

ここで「多くの場合」と限定している点は重要です。ウィトゲンシュタインが、すべての言葉の意味を単純な一つの公式で説明しようとしていたわけではありません。彼は、言葉がどのような場面で、何をするために使われているのかを重視しました。

例えば「約束する」という言葉を考えてみます。友人との約束、仕事上の約束、契約に関わる約束では、言葉が使われる状況や、相手が期待する行動が異なります。その言葉の意味を理解するためには、単に辞書の説明を読むだけでなく、実際にどのように使われているのかを考える必要があります。こうした考え方は、言葉が社会的な活動の中で働いていることを意識させてくれます。

「伴走」という言葉は、どのような体験で理解されるのか

例えば、ある企業が「お客様の事業に伴走します」というメッセージを掲げているとします。最初にこの言葉を読んだ顧客は、継続的に相談できることや、事業への理解を深めた支援を期待するかもしれません。では、実際に契約した後はどうでしょうか。

依頼された作業だけを実行するのか。
顧客の事業課題について、必要な提案をするのか。
問題が起きたとき、どのように対応するのか。
契約が終わった後も、必要に応じて支援を続けるのか。

こうした体験を通して、顧客はその企業にとっての「伴走」が何を意味するのかを理解していくでしょう。同じ「伴走」という言葉を掲げていても、企業ごとに実際の関わり方が異なれば、顧客が受け取る意味も変わってくる可能性があります。

もちろん、これはウィトゲンシュタイン自身がブランド経営について論じたという意味ではありません。言葉の意味と使用の関係をめぐる哲学的な議論を、現代のブランド体験について考える手がかりとして応用したものです。

ただ、ここから考えられることは興味深いと思います。企業が掲げる言葉は、発信した瞬間に完成するわけではありません。顧客が実際にサービスを利用し、企業の行動に触れていく中で、その言葉がどのような意味を持つのかが確かめられていきます。

言葉によって期待をつくることと、その期待に応えることは、別の仕事なのです。

言葉を変えることと、価値を変えることは違う

ここまでの議論から、ブランドの言葉を変える仕事には、少なくとも二つの異なる目的があると感じています。一つは、すでに提供している価値を、顧客に正しく理解してもらうことです。もう一つは、これから提供する価値を定義し、実際にその価値を生み出せるようにすることです。似ているようですが、取り組むべき内容は大きく異なります。

価値を伝えることと、
価値をつくることは違う

ブランドの言葉を変える目的には、少なくとも二つの方向がある

Case 01すでにある価値を伝える

  1. 価値は存在しているただし顧客には十分伝わっていない
  2. 顧客理解・言語化選ばれる理由を調べ、伝え方を変える
  3. 認識が近づく価値と理解が一致する

Case 02これからの価値をつくる

  1. 目指す価値があるただし現時点では実現できていない
  2. 事業・組織の変革事業理解・戦略人材・成果検証・契約や料金体系を見直す
  3. 実態が近づく目指す価値を実現する

言葉と実態を一致させる。

現在の価値を伝えることも、将来の価値をつくることも、ブランドの形成に関わる。

※ブランドの言語化と提供価値の拡張を区別した筆者独自の概念図です。実際のブランディングでは、両者が同時に進む場合もあります。

すでにある価値を、伝わる言葉にする

例えば、ある企業が、実際には事業課題の整理から制作、運用改善まで支援しているのに、Webサイトでは「Web制作会社」としか説明していないとします。この場合、事業内容そのものを変えなくても、言葉の見直しによって顧客の理解が変わる可能性があります。

ここで必要なのは、企業の強みを魅力的に飾ることではありません。顧客が何を評価し、なぜ選んでいるのかを理解することです。その価値が適切に言語化されれば、企業と顧客の認識のずれを小さくできるかもしれません。

これから提供したい価値に合わせて、事業を変える

一方、現在はWeb制作が中心の企業が、今後は事業成長まで支援できる組織になりたいと考えたとします。この場合、事業成長支援という言葉を掲げるだけでは不十分です。

顧客の事業を理解する能力や、成果を検証する仕組み、場合によっては契約のあり方や料金体系まで、実際の事業や組織のあり方を変えなければなりません。こちらは単なるコミュニケーションの改善ではなく、新しい価値を生み出すための事業開発や組織づくりに関わる仕事です。

私は、この二つを区別することが重要だと思います。

すでにある価値を正しく伝えたいのか。
それとも、これから新しい価値をつくりたいのか。

どちらもブランディングに関わる活動ですが、課題の性質は異なります。実際のプロジェクトでは、両方を同時に進めることもあるでしょう。ただ、その違いを曖昧にしたまま言葉だけを変えてしまうと、企業が発信するメッセージと、実際に提供できる価値の間にずれが生じる可能性があります。

まだ実現できていない価値を、ブランドが語ってもよいのか

ここまで考えると、もう一つの疑問が生まれます。言葉と実態が一致していることが重要だとすれば、企業は現在実現できていることだけを発信すべきなのでしょうか。私は、必ずしもそうではないと思います。企業が将来の方向性や目標を言葉にすることにも、意味があるからです。

例えば、現在は特定のサービスを提供している企業が、将来はより広い社会課題に取り組むことを目指しているとします。まだ実現できていないとしても、その方向性を言葉にすることには価値があるでしょう。

まだ実現していない方向性を、
言葉にする意味

  1. 方向を共有する社員が目指す方向を共有するきっかけになる
  2. 判断の基準になる新しい事業を選ぶときの判断基準になる
  3. 人を集める同じ方向を目指す人材を集めることにつながる

将来の目標として語ることと、
すでに提供できる価値として語ることは違う。

※いずれも可能性として示した筆者による整理です。

言葉は、何かを説明するだけではない

この問題を考えるうえで参考になるのが、哲学者J・L・オースティン(1911〜1960)の言語行為論です。オースティンは『言語と行為』の基礎となった講義で、言葉が事実を説明するだけでなく、発言すること自体が何らかの行為になる場合があることを論じました。

例えば、誰かに約束すること。適切な権限や状況のもとで、ある役職に任命すること。こうした行為では、言葉を発すること自体が、社会的な行為として働きます。ただし、どのような発言でも、それだけで目的の行為が成立するわけではありません。約束や任命などが適切に成立するためには、状況や権限などの条件があります。

この考え方を、ブランドの言葉にそのまま当てはめることはできません。企業のタグラインやブランドメッセージのすべてが、言語行為論における正式な約束に当たるわけではないからです。それでも、言葉には事実を説明する以外の働きがあるという視点は、参考になると思います。

企業が将来の方向性を宣言することで、社内外に新しい期待が生まれることがあります。その期待に応えようとすることで、事業や組織の行動が変わる可能性もあります。つまり、言葉が現実の変化に先行すること自体は、必ずしも問題ではありません。

問題になるのは、まだ実現できていない価値を、すでに提供できるかのように伝えてしまうことです。

顧客が企業の言葉を信じてサービスを選んだにもかかわらず、期待した価値が得られなければ、信頼を失う可能性があります。将来の方向性を示すなら、何を目指し、そのために何を変えていくのかも説明する必要があるでしょう。

言葉が変われば、実態も変わっていくのではないか

ここまで、言葉を変えることと、提供する価値を変えることを区別してきました。しかし、両者は本当に分けられるのでしょうか。

例えば、企業が「顧客の事業に伴走する」と宣言したことで、社員の行動が変わることも考えられます。

宣言した言葉が、
少しずつ実態を引き寄せることもある

  1. 01言葉を宣言する「顧客の事業に伴走する」
  2. 02担当者の行動が変わる作業の実行だけでなく、事業課題を深く考える
  3. 03組織の仕組みが変わる部門間の連携や、採用する人材の条件
  4. 04実態が近づいていく将来の方向性だった言葉が、事業の実態になる

宣言した瞬間に、
提供価値が変わるわけではない。

※起こり得る変化を示した筆者による整理です。宣言すれば必ずこの順に変化が起こるわけではありません。

それでも、言葉が組織の目標を示し、行動の変化につながったという意味では、実態を変える役割を持っていたとも考えられます。したがって、「言葉だけでは価値を変えられない」という主張にも、補足が必要だと思います。言葉は、それ自体で商品やサービスの品質を改善するものではありません。しかし、何を目指すべきかを共有し、行動を変えるきっかけになる可能性はあります。

そう考えると、ブランディングにおける言葉の仕事は、単に実態を説明することでも、理想を掲げることでもないのかもしれません。現在提供している価値を理解し、これから提供したい価値を定義し、その言葉にふさわしい行動や仕組みをつくっていくこと。そうした活動まで含めて考える必要があるのではないでしょうか。

ブランドの言葉は、誰のものなのか

最後に、もう一つ考えてみたいことがあります。企業がつくったブランドの言葉は、その企業だけのものなのでしょうか。もちろん、商標や著作物として、法的に保護される言葉や表現はあります。ただ、ここで考えたいのは権利の話ではなく、言葉の意味を誰が決めるのかという問題です。

企業が自分たちを「革新的な会社」と説明したとします。しかし、顧客がその企業に新しさを感じなければ、その言葉は十分な説得力を持たないかもしれません。反対に、企業自身は当たり前だと思っている対応や文化が、顧客にとっては大きな価値になっている場合もあるでしょう。そのような価値は、企業が一方的に定義したものではありません。顧客との関係や、実際の体験の中で見いだされているものです。

ケビン・レーン・ケラーは、1993年の論文で「顧客ベースのブランド・エクイティ」という考え方を提示しました。そこでは、ブランドに関する知識が、消費者のマーケティングへの反応に生む差異が重要になります。ブランド知識には認知だけでなく、そのブランドに対して形成される連想も含まれます。これは、企業が発信するメッセージと、顧客の頭の中にあるブランドの認識を区別して考える手がかりになります。

企業は自分たちが伝えたい言葉を選ぶことができます。しかし、その言葉が顧客にどう理解され、どのような印象や期待につながるかを、すべて決めることはできません。だからこそ、ブランドの言葉をつくる仕事では、企業の内側だけで考え続けても不十分なのだと思います。

顧客が何を理由に選んでいるのか。
どのような体験から信頼を感じているのか。
そして、企業が掲げる言葉と、顧客が感じている価値にどのような違いがあるのか。

そうしたことを知る必要があります。これは、ブランドの言葉を企業が決めてはいけないという意味ではありません。むしろ、言葉を選ぶ責任があるからこそ、その言葉が誰に、どのように受け取られるのかまで考える必要があるということです。

おわりに|言葉を変えたいのか、価値を変えたいのか

今回、ソシュールの言語学やウィトゲンシュタインの哲学、フレーミング効果などを調べながら、ブランドの言葉について考えてきました。それぞれが扱っている問いは異なります。

ソシュールは、言語記号と意味の関係を考えました。ウィトゲンシュタインは、言葉が実際にどのように使われているのかに注目しました。心理学の研究は、情報の提示方法や言葉の音が、人々の認識や判断に影響し得ることを示しています。そしてブランド研究では、顧客が何と比較し、どのような連想を形成するのかが重要になります。

これらの理論を、一つのブランド戦略の公式としてまとめることはできません。ただ、それぞれを通して考えてみると、言葉は企業の意図だけで意味が決まるものではないという点が、改めて気になりました。言葉は、受け取る人の経験や、ほかの言葉との関係、実際に使われる状況によっても理解されます。だからこそ、ブランドの言葉をつくるときには、企業が言いたいことを考えるだけでは足りないのでしょう。

そして、今回最も整理しておきたいと思ったのは、二つの仕事の違いです。

すでに提供している価値を、正しく伝えること。
これから提供したい価値に合わせて、事業や組織を変えること。

前者であれば、顧客の認識を理解し、コミュニケーションを改善することが重要になります。後者であれば、言葉の変更だけでなく、その言葉を実現するための能力や体制、行動を変える必要があります。もちろん、実際のブランディングでは、この二つが重なることもあります。ただ、何を変えようとしているのかを自覚しているかどうかで、考えるべきことは大きく変わると思います。

企業が新しいブランドコンセプトをつくるとき、私はまず、その言葉が現在の価値を表しているのか、それとも将来の約束を表しているのかを考えたいと思います。現在の価値を伝えるなら、顧客の認識と実態を確かめる。将来の価値を掲げるなら、それを実現するために何を変えるのかまで考える。

言葉を考えることは、それほど簡単な仕事ではないのでしょう。けれど、だからこそ面白いのだと思います。

言葉を変えることと、価値を変えること。この二つを区別しながら、最終的には一致させていくこと。そこにも、ブランディングの大切な役割があるのではないでしょうか。

参考文献・出典

以下の文献は、記事中の学術的な説明の根拠として参照したものです。ブランド戦略や事業開発への接続、仮想の企業事例、筆者の判断には独自の考察が含まれます。

  1. Saussure, F. de (1916). Cours de linguistique générale(『一般言語学講義』). C. Bally & A. Sechehaye (Eds.). 言語記号、シニフィアンとシニフィエ、記号の恣意性、言語の価値に関する議論。英訳版:Columbia University Press(新しいタブで開きます)
  2. Wittgenstein, L. (1953). Philosophical Investigations(『哲学探究』)。特に第43節と、言語ゲームに関する議論。学術解説:Stanford Encyclopedia of Philosophy — Ludwig Wittgenstein(新しいタブで開きます)
  3. Tversky, A., & Kahneman, D. (1981). The Framing of Decisions and the Psychology of Choice(新しいタブで開きます). Science, 211(4481), 453–458. 意思決定におけるフレーミング効果を扱った研究。
  4. Yorkston, E., & Menon, G. (2004). A Sound Idea: Phonetic Effects of Brand Names on Consumer Judgments(新しいタブで開きます). Journal of Consumer Research, 31(1), 43–51. ブランド名の音が消費者の判断に与える影響についての研究。
  5. Keller, K. L., Sternthal, B., & Tybout, A. M. (2002). Three Questions You Need to Ask About Your Brand(新しいタブで開きます). Harvard Business Review, 80(9), 80–86. ブランドの参照枠、同等性、差別化についての議論。
  6. Keller, K. L. (1993). Conceptualizing, Measuring, and Managing Customer-Based Brand Equity(新しいタブで開きます). Journal of Marketing, 57(1), 1–22. 顧客ベースのブランド・エクイティについての研究。
  7. Austin, J. L. (1962). How to Do Things with Words(『言語と行為』)。発言が行為として働く条件についての議論。学術解説:Stanford Encyclopedia of Philosophy — Speech Acts(新しいタブで開きます)