ある制作会社が、自社の強みを「高品質なWebサイトをつくること」だと説明しているとします。企業にとっては、自分たちの価値を表す大切な言葉です。しかし、顧客はこの言葉を、どのような意味で受け取っているのでしょうか。
ある顧客は、洗練されたデザインを想像するかもしれません。別の顧客は、表示速度やセキュリティ、システムの安定性を重視しているかもしれません。更新のしやすさや、公開後の運用サポートまで含めて品質を判断する人もいるでしょう。企業が「高品質」という言葉に込めた意味と、顧客がその言葉から期待することは、必ずしも一致しません。
これは、単にわかりやすい文章を書けば解決する問題なのでしょうか。私は、もう少し複雑な問題だと思っています。
言葉は、企業が自分たちの考えを一方的に伝えるための道具ではありません。顧客は、自分の経験や知識、これまで接してきた企業との比較を通して、その言葉を理解します。企業が言葉を選んだ時点で、その意味がすべて決まるわけではないのです。
企業が選んだ言葉の意味は、どこで決まっているのでしょうか。
今回は、言語学者フェルディナン・ド・ソシュール、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、そして現代の心理学やブランド研究を手がかりに、この問いを考えてみたいと思います。なお、冒頭の制作会社は、論点を説明するための仮想例です。
ソシュールは、言葉と意味の関係をどう捉えたのか
言葉と意味の関係について考えるうえで参考になるのが、フェルディナン・ド・ソシュール(1857〜1913)の言語学です。ソシュールはスイスの言語学者で、近代言語学や構造主義の発展に大きな影響を与えました。
彼の思想を知るうえで重要なのが、1916年に刊行された『一般言語学講義』です。ただし、この本はソシュール自身が書き下ろして出版した著作ではありません。彼の死後、シャルル・バイイとアルベール・セシュエが、講義の記録などをもとに編集したものです。そのため、書物の内容とソシュール本人の考えとの関係には、研究上の議論があることも知っておく必要があります。
言葉は、物に名前を貼り付けているだけではない
『一般言語学講義』では、言語記号が二つの側面から成り立つと説明されています。一つは「シニフィアン(能記)」と呼ばれる音のイメージ。もう一つは「シニフィエ(所記)」と呼ばれる概念です。
例えば、「木」という言葉を考えてみます。私たちは「き」という音のイメージと、幹や枝を持つ植物の概念を結びつけています。ここで重要なのは、ソシュールが言語記号を、物そのものと名前の直接的な結びつきとして説明しているわけではないことです。音のイメージと概念が結びつくことで、言語記号が成立すると考えます。
そして、その結びつきは自然必然的なものではありません。日本語で「木」と呼ぶものを、英語では「tree」と呼びます。同じ対象に関わる概念でも、言語が異なれば結びつく音の形式は変わります。ソシュールは、この性質を「記号の恣意性」と呼びました。
ただし、恣意的であることは、個人が自由に言葉の意味を変えられるという意味ではありません。言語は社会的な慣習によって共有されているため、一人の話し手が勝手に意味を変更しても、相手に理解されるとは限りません。
言葉と意味は、
どう結びついているのか
ソシュールは言語記号を、音のイメージと概念の結びつきとして考えた
シニフィアン|能記
「き」
音のイメージ
社会的な慣習による結びつき
シニフィエ|所記
木という概念
幹や枝を持つ植物
ブランドへの応用
企業が使う言葉
「高品質」
意図した意味が伝わるとは限らない
顧客が想像する価値
耐久性? デザイン? サポート?
伝える側が意図した意味と、
受け取る側の理解が一致するとは限らない。
※ソシュールの言語記号論を参考に作成しました。下段は言語記号の理論をブランドの問題へ応用した独自の整理であり、シニフィエと顧客のブランド連想を同一視するものではありません。
言葉の意味は、ほかの言葉との違いにも関係する
ソシュールの議論でもう一つ興味深いのが、言語の「価値」という考え方です。ここでいう価値は、企業や商品の経済的な価値とは異なります。言語体系の中で、ある記号がほかの記号とどのような関係にあるかという問題です。
例えば、日本語には「羊」という言葉があります。英語では、生きた羊を指す「sheep」と、羊肉を指す「mutton」が区別されます。一つの言語で一語が担う意味の範囲が、別の言語では複数の語に分かれていることがあります。言葉は、それ単独で完結した意味を持つだけでなく、同じ言語体系にあるほかの言葉との違いによっても位置づけられるのです。
この考え方を知ると、ブランドの言葉についても少し違った見方ができます。例えば、「伴走」という言葉を使う企業があったとします。その言葉が何を意味するかは、「支援」「代行」「コンサルティング」「運用」といった、周囲で使われている言葉との関係によっても受け取られ方が変わるかもしれません。
ただし、ソシュールの言語学が、そのままブランドの競争関係を説明しているわけではありません。言語体系の中で意味がどのように成立するかという議論と、市場でブランドがどう比較されるかという問題は別です。それでも、言葉を考える際に、辞書的な意味や企業自身の意図だけを見ていては不十分かもしれない、という視点を与えてくれます。
同じ情報でも、伝え方が変わると判断が変わる
言葉の選び方が人間の判断に影響することは、心理学でも研究されています。その代表的な概念の一つが「フレーミング効果」です。
フレーミング効果とは何か
エイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンは、1981年の論文『The Framing of Decisions and the Psychology of Choice』で、意思決定の問題がどのように提示されるかによって、人々の選択が変わり得ることを示しました。
よく知られているのが、600人の命が危険にさらされている状況で、感染症への対策を選ぶという仮想的な問題です。同じ結果を、どちらの言葉で示すかによって、人々の選好が変化しました。
結果は同じでも、
伝え方によって選好が変わる
600人の命が危険にさらされている状況で、ある対策の結果を説明する
Gain frame救われる人数を強調
200人が助かる
Loss frame失われる人数を強調
400人が亡くなる
人間の判断は、
結果の客観的な数値だけでは決まらない。
ただし、選択肢のリスクや結果の提示方法を比較した実験であり、ポジティブな言葉を使えば商品が売れることを証明した研究ではない。
※Tversky & Kahneman(1981)の問題をもとに簡略化した図です。実際の実験では、提示される選択肢全体に対する選好が比較されています。
ブランドの言葉にも同じことがいえるのか
ブランドのコミュニケーションでも、似た問題を考えることができます。例えば、ある商品の特徴を「軽量化によって持ち運びやすくなった」と説明する場合と、「必要なものだけを残したシンプルな設計」と説明する場合を考えてみます。同じ商品の特徴について語っていても、前者は機能的な利便性に、後者は設計思想に注目させるかもしれません。顧客がその商品をどのようなものとして理解するかに、違いが生まれる可能性があります。
ただし、これはフレーミング効果の実験結果を、そのままブランドの購買行動に適用したものではありません。表現の違いがブランド認識や購買行動に与える影響を確かめるには、対象となる顧客や商品、提示条件を踏まえた調査が必要です。その区別は大切にしたいと思います。
ウィトゲンシュタインは、言葉の意味を「使われ方」から考えた
ここまで見てきたのは、主に言葉がどのような意味や印象を生み出すのかという問題でした。しかし、ブランドの言葉を考えるとき、私はもう一つ気になることがあります。それは、言葉を発した後、その意味がどのように受け取られ、確かめられていくのかということです。この問題を考えるうえで参考になるのが、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889〜1951)の哲学です。
言葉の意味は、辞書に書かれた定義だけで決まるのか
ウィトゲンシュタインは、1953年に死後出版された『哲学探究』で、言葉の意味をその使用と結びつけて考えました。同書の第43節では、意味という言葉が使われる多くの場合について、語の意味を言語における使用から説明できると述べています。
ここで「多くの場合」と限定している点は重要です。ウィトゲンシュタインが、すべての言葉の意味を単純な一つの公式で説明しようとしていたわけではありません。彼は、言葉がどのような場面で、何をするために使われているのかを重視しました。
例えば「約束する」という言葉を考えてみます。友人との約束、仕事上の約束、契約に関わる約束では、言葉が使われる状況や、相手が期待する行動が異なります。その言葉の意味を理解するためには、単に辞書の説明を読むだけでなく、実際にどのように使われているのかを考える必要があります。こうした考え方は、言葉が社会的な活動の中で働いていることを意識させてくれます。
「伴走」という言葉は、どのような体験で理解されるのか
例えば、ある企業が「お客様の事業に伴走します」というメッセージを掲げているとします。最初にこの言葉を読んだ顧客は、継続的に相談できることや、事業への理解を深めた支援を期待するかもしれません。では、実際に契約した後はどうでしょうか。
依頼された作業だけを実行するのか。
顧客の事業課題について、必要な提案をするのか。
問題が起きたとき、どのように対応するのか。
契約が終わった後も、必要に応じて支援を続けるのか。
こうした体験を通して、顧客はその企業にとっての「伴走」が何を意味するのかを理解していくでしょう。同じ「伴走」という言葉を掲げていても、企業ごとに実際の関わり方が異なれば、顧客が受け取る意味も変わってくる可能性があります。
もちろん、これはウィトゲンシュタイン自身がブランド経営について論じたという意味ではありません。言葉の意味と使用の関係をめぐる哲学的な議論を、現代のブランド体験について考える手がかりとして応用したものです。
ただ、ここから考えられることは興味深いと思います。企業が掲げる言葉は、発信した瞬間に完成するわけではありません。顧客が実際にサービスを利用し、企業の行動に触れていく中で、その言葉がどのような意味を持つのかが確かめられていきます。
言葉によって期待をつくることと、その期待に応えることは、別の仕事なのです。
ブランドの言葉は、誰のものなのか
最後に、もう一つ考えてみたいことがあります。企業がつくったブランドの言葉は、その企業だけのものなのでしょうか。もちろん、商標や著作物として、法的に保護される言葉や表現はあります。ただ、ここで考えたいのは権利の話ではなく、言葉の意味を誰が決めるのかという問題です。
企業が自分たちを「革新的な会社」と説明したとします。しかし、顧客がその企業に新しさを感じなければ、その言葉は十分な説得力を持たないかもしれません。反対に、企業自身は当たり前だと思っている対応や文化が、顧客にとっては大きな価値になっている場合もあるでしょう。そのような価値は、企業が一方的に定義したものではありません。顧客との関係や、実際の体験の中で見いだされているものです。
ケビン・レーン・ケラーは、1993年の論文で「顧客ベースのブランド・エクイティ」という考え方を提示しました。そこでは、ブランドに関する知識が、消費者のマーケティングへの反応に生む差異が重要になります。ブランド知識には認知だけでなく、そのブランドに対して形成される連想も含まれます。これは、企業が発信するメッセージと、顧客の頭の中にあるブランドの認識を区別して考える手がかりになります。
企業は自分たちが伝えたい言葉を選ぶことができます。しかし、その言葉が顧客にどう理解され、どのような印象や期待につながるかを、すべて決めることはできません。だからこそ、ブランドの言葉をつくる仕事では、企業の内側だけで考え続けても不十分なのだと思います。
顧客が何を理由に選んでいるのか。
どのような体験から信頼を感じているのか。
そして、企業が掲げる言葉と、顧客が感じている価値にどのような違いがあるのか。
そうしたことを知る必要があります。これは、ブランドの言葉を企業が決めてはいけないという意味ではありません。むしろ、言葉を選ぶ責任があるからこそ、その言葉が誰に、どのように受け取られるのかまで考える必要があるということです。
おわりに|言葉の意味は、受け取られ方の中で決まる
今回、ソシュールの言語学やウィトゲンシュタインの哲学、フレーミング効果などを手がかりに、ブランドの言葉の意味がどこで決まるのかを考えてきました。それぞれが扱っている問いは異なります。
ソシュールは、言語記号と意味の関係を考えました。ウィトゲンシュタインは、言葉が実際にどのように使われているのかに注目しました。心理学の研究は、情報の提示方法が、人々の認識や判断に影響し得ることを示しています。そしてブランド研究では、顧客がどのような連想を形成するのかが重要になります。
これらの理論を、一つのブランド戦略の公式としてまとめることはできません。ただ、それぞれを通して考えてみると、言葉は企業の意図だけで意味が決まるものではないという点が、改めて気になりました。言葉は、受け取る人の経験や、ほかの言葉との関係、実際に使われる状況によっても理解されます。だからこそ、ブランドの言葉をつくるときには、企業が言いたいことを考えるだけでは足りないのでしょう。
言葉を選ぶのは企業でも、その意味は、顧客との関係の中で確かめられていく。ブランドの言葉をつくる仕事は、その受け取られ方まで引き受けることなのかもしれません。
参考文献・出典
以下の文献は、記事中の学術的な説明の根拠として参照したものです。ブランド戦略や事業開発への接続、仮想の企業事例、筆者の判断には独自の考察が含まれます。
- Saussure, F. de (1916). Cours de linguistique générale(『一般言語学講義』). C. Bally & A. Sechehaye (Eds.). 言語記号、シニフィアンとシニフィエ、記号の恣意性、言語の価値に関する議論。英訳版:Columbia University Press(新しいタブで開きます)
- Wittgenstein, L. (1953). Philosophical Investigations(『哲学探究』)。特に第43節と、言語ゲームに関する議論。学術解説:Stanford Encyclopedia of Philosophy — Ludwig Wittgenstein(新しいタブで開きます)
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1981). The Framing of Decisions and the Psychology of Choice(新しいタブで開きます). Science, 211(4481), 453–458. 意思決定におけるフレーミング効果を扱った研究。
- Keller, K. L. (1993). Conceptualizing, Measuring, and Managing Customer-Based Brand Equity(新しいタブで開きます). Journal of Marketing, 57(1), 1–22. 顧客ベースのブランド・エクイティについての研究。



