仕事で何かをつくろうとするとき、私たちはどうしても「何をつくるか」「どうつくるか」に意識が向きます。
どんな企画にするか。どのようなデザインが適切か。どうすれば商品やサービスの価値が伝わるか。
こうした問いに答えるために、さまざまな知識を身につけ、事例を調べ、経験を積んでいきます。
私自身、これまでWebサイトの制作やブランディング、マーケティングなどの仕事に携わるなかで、多くのことを学んできました。経験が増えるほど判断の精度は上がり、以前は難しかった課題にも対応できるようになります。
一方で、経験を重ねるほど、自分が知っている方法や考え方の中で物事を捉えてしまうこともあるのではないかと感じています。
たとえば、ある企業から「Webサイトをリニューアルしたい」と相談を受けたとします。
Web制作の経験が豊富であれば、情報設計やデザイン、CMS、運用方法など、さまざまな改善策を考えられるでしょう。
しかし、その企業が本当に解決したい問題は、Webサイトの中にあるのでしょうか。
商品やサービスの特徴が伝わっていないのかもしれません。顧客が求めている価値と、企業が伝えようとしている価値に違いがあるのかもしれません。あるいは、そもそも事業の方向性について、社内で十分な合意ができていない可能性もあります。
もちろん、Webサイトのリニューアルが最適な解決策になる場合もあります。
ただ、最初からWebサイトをつくることを前提に考えてしまうと、見落とすものがあるかもしれません。
これはWeb制作に限った話ではないと思います。広告の専門家は広告を、デザイナーはデザインを、マーケターはマーケティング施策を、解決策として思い浮かべやすいことがあるでしょう。
専門性があるからこそ見えるものがある。
その一方で、専門性があるからこそ見えにくくなるものもある。
そんなことを考えるようになりました。
「どうつくるか」の前に、「どう見ているか」がある
何かを判断するとき、私たちは目の前の情報をそのまま受け取っているわけではありません。
これまでの経験や知識、価値観を通して、何が重要で、何が問題なのかを判断しています。
同じ企業の状況を見ても、経営者、マーケター、デザイナー、研究者では、注目する部分が違うかもしれません。
たとえば、ある商品の売上が落ちているという状況を考えてみます。
マーケティングの観点からは、認知度や競合とのポジショニングが問題になるかもしれません。
心理学の観点からは、消費者がどのように情報を受け取り、選択しているのかが気になります。
社会学の観点から見れば、消費行動を形づくる社会的な規範や集団の影響に注目することもできるでしょう。
どれか一つが正しく、ほかが間違っているという話ではありません。それぞれ、異なる問いを立てているのです。
もちろん、学問を変えれば必ず新しい答えが見つかるわけではありません。
それでも、自分が普段使っている考え方とは違う枠組みを知ることには意味があると思います。
問題の捉え方が変われば、調べるべきことが変わる。調べるべきことが変われば、考えられる解決策も変わってきます。
新しいアイデアを生み出すことだけでなく、それまで疑問に思わなかったことを疑ってみる。
そこにも、クリエイティブな仕事の大切な部分があるのではないでしょうか。
クリエイティブを、もう少し広く捉えてみたい
クリエイティブという言葉を聞くと、広告やデザイン、映像、コピーライティングなどの仕事を思い浮かべることが多いと思います。
私自身も、長くそうした領域に近いところで仕事をしてきました。
ただ、最近はクリエイティブを、もう少し広い意味で捉えてもよいのではないかと考えています。
新しいサービスを構想すること。
これまでとは違う事業の仕組みを考えること。
組織の制度や働き方を見直すこと。
社会にある問題を、異なる立場から捉え直すこと。
これらは必ずしも、目に見える表現物をつくる仕事ではありません。それでも、既存のものの見方にとらわれず、新しい意味や価値を生み出そうとする点では共通しています。
だからといって、あらゆる仕事をクリエイティブと呼びたいわけではありません。
新しい価値を生み出すために、何を問題として捉え、どのような可能性を構想し、どう形にしていくのか。
その一連の営みに関心があります。
こう考えると、クリエイティブについて学ぶために必要な知識も、デザインやマーケティングの領域だけでは収まらなくなります。
人間はなぜ特定のものに価値を感じるのか。
私たちは何を根拠に正しいと判断しているのか。
社会の常識は、どのように形づくられてきたのか。
美しいと感じることには、どんな意味があるのか。
こうした問いは、哲学や歴史、社会学、心理学、科学、芸術など、さまざまな学問とつながっています。
もちろん、すべてを理解することはできません。
それでも、自分がこれまで触れてこなかった学問を知ることで、仕事や身の回りの出来事について、新しい疑問が生まれるかもしれません。
教養を、仕事に役立つ知識だけにしたくない
教養を学ぶことと、仕事に生かすことを結びつけると、「ビジネスに役立つ哲学」「成果を出すための心理学」といった話になりがちです。
学んだことが仕事に役立つのは、もちろんよいことです。
ただ、最初から役立つ知識だけを探してしまうと、結局は今の自分が知りたいことしか学ばなくなるのではないでしょうか。
たとえば、哲学者の言葉を読んで、自分の考えに近いものを見つけたとします。
それを引用して「この哲学者も同じことを言っている」と説明すれば、自分の意見に説得力を持たせられるかもしれません。
しかし、その哲学者が本来何を問題としていたのか、どのような議論に対して主張していたのかを理解していなければ、都合のよい部分だけを取り出している可能性があります。
そもそも、その思想家が生きていた時代と現在では、社会の制度も、人々が当然と考える価値観も異なります。
現代の仕事と結びつけることができたとしても、それは私たち自身による解釈や応用であって、思想家本人が同じ問題について語っていたことにはなりません。
だからこそ、まずは学問そのものをきちんと知りたいと思っています。
どんな問題意識から生まれた理論なのか。
どのような根拠があり、何が批判されているのか。
現在はどこまでわかっていて、何がまだ議論されているのか。
そうした背景に触れることで、自分の考えが補強されることもあれば、反対に揺さぶられることもあるでしょう。
むしろ、これまで正しいと思っていたことに疑問が生まれる方が、面白い学びになるかもしれません。
仕事に役立つから学ぶのではなく、知らなかったことを知りたいから学ぶ。
その結果として、これまでとは違うものの見方ができるようになればよいと思っています。
答えよりも、考える過程を大切にしたい
Relensでは、特定の学問や理論について解説するだけでなく、そこから自分が何を考えたのかも書いていきます。
学んだことを整理する。
その内容に対して疑問を持つ。
異なる立場からの反論を調べる。
そして、今の自分はどう考えるのかを文章にしてみる。
そうした過程を残していきたいと思っています。
ただし、自分の考察と、学問上の主張は分けて扱う必要があります。
ある研究から確認できることと、その研究を読んで自分が考えたことは、同じではありません。
また、著名な思想家が主張しているからといって、その考えが必ず正しいとも限りません。
可能な限り参考文献や出典を示し、異なる立場の議論にも触れながら考えていくつもりです。
もちろん、書いた内容に誤りが見つかることもあるでしょう。別の本を読んだ結果、以前とは違う考えに至ることもあると思います。
そのときは、必要に応じて記事を訂正したり、考えが変わったことを新しい文章として残したりしたいと考えています。
学問を学ぶということは、正しい答えを一つずつ手に入れることだけではないはずです。
自分が何を知らないのかに気づき、以前の考えを見直すことも、その一部だと思います。
このメディアでも、一つの結論を読者に受け入れてもらうことより、読んだ人が「自分ならどう考えるだろう」と思える文章を書いていきたいです。
Relensという名前に込めたこと
Relensという名前には、物事を見るレンズを変える、という意味を込めています。
同じ出来事でも、何を通して見るかによって、見えてくるものは変わります。
今まで気づかなかったことが見えるようになるかもしれません。
反対に、自分が当たり前だと思っていたことが、それほど確かなものではなかったと気づく場合もあるでしょう。
もちろん、レンズを変えたからといって、必ず正しい世界が見えるわけではありません。
どのような見方にも、注目しやすい部分と、見落としやすい部分があります。
だからこそ、一つの考え方だけに頼らず、異なる学問や価値観に触れてみたいと思っています。
- 哲学を通して、人間の思考や価値判断について考える。
- 歴史を通して、今の社会がどのように形づくられてきたのかを知る。
- 心理学や社会学を通して、人の行動を個人の意思だけでは説明できないことを学ぶ。
- 科学や芸術を通して、世界を理解し、表現するための異なる方法に触れる。
それぞれの分野について学びながら、自分が考えたことを文章にしていく。
専門家として正解を教えるのではなく、一人の探究者として、わからないことを調べ、考え続ける場所にしたいと思います。
おわりに|世界の見方が変わると、つくるものも変わる
新しい価値を生み出すためには、新しい知識や技術が必要です。
それと同じくらい、今までの考え方を疑い、異なる角度から物事を捉えることも大切なのではないかと思っています。
これまで自分が知らなかった学問や思想に触れることで、今までの仕事に対する考え方が変わるかもしれません。
あるいは、仕事とは直接関係のないところで、興味深い発見があるかもしれません。
どちらも大切にしたいと思います。
Relensでは、教養を通してさまざまな問いと向き合いながら、クリエイティブや社会、そして自分自身のものの見方について考えていきます。
世界の見方が変わると、つくるものも変わる。
Relens「教養とクリエイティブ」を、ここから始めます。