ある企業が、売上の停滞を解消するために、Webサイトのリニューアルを実施したとします。

顧客のニーズを調査し、競合サイトを分析する。情報設計を見直し、デザインを刷新し、使いやすいCMSを導入する。

プロジェクトは予定どおりに完了し、Webサイトの品質も大きく向上しました。

ところが、期待していた売上の改善にはつながりませんでした。

もちろん、こうした状況にはさまざまな原因が考えられます。改善効果が現れるまで時間が必要なのかもしれません。集客施策が不足している可能性もあります。

ただ、一つ気になることがあります。

そもそも、Webサイトをリニューアルすることが、解くべき問題に対する適切な答えだったのでしょうか。

商品そのものに競争力の問題があったのかもしれません。顧客が求める価値と、企業が提供している価値にずれがあった可能性もあります。

仮にそうであれば、Webサイトをどれだけ改善しても、売上停滞の根本的な原因は残ります。

このように、個々の施策としては合理的で、実行の品質にも問題がないのに、期待した成果につながらないことがあります。

なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。

今回は、アリストテレスの論理学、1970年代に提唱されたWicked Problems、そしてデザイン理論を手がかりに、問題設定そのものについて考えてみたいと思います。

論理的に正しいことは、前提が正しいことを意味しない

最初に考えたいのは、「論理的に正しい」とはどういうことなのか、という問題です。

古代ギリシャの哲学者アリストテレス(紀元前384〜322年)は、『分析論前書』などの著作で、前提から結論がどのように導かれるかを体系的に研究しました。

その中心にあるのが、三段論法として知られる推論の仕組みです。

よく知られている例を挙げます。

  • すべての人間は死すべき存在である。
  • ソクラテスは人間である。
  • したがって、ソクラテスは死すべき存在である。

この推論では、二つの前提が正しければ、結論も必然的に正しくなります。

現代の論理学では、前提がすべて真である場合に結論が偽となることがない推論を「妥当(valid)」と呼びます。

しかし、妥当な推論であっても、前提そのものが正しいとは限りません。

別の例で考えてみます。

  • すべての鳥は飛ぶことができる。
  • ペンギンは鳥である。
  • したがって、ペンギンは飛ぶことができる。

この推論も、形式としては妥当です。

しかし、最初の前提が誤っています。飛ぶことのできない鳥が存在するからです。

そのため、結論も事実とは異なるものになっています。

現代の論理学では、推論が妥当であり、なおかつすべての前提が真である場合を「健全(sound)」と呼びます。

ここで区別する必要があるのは、推論の形式が正しいことと、その推論に使っている前提が事実として正しいことです。

Figure 1

推論が妥当でも、
前提が誤っていることがある

論理の妥当性と前提の真偽

  1. 推論Aソクラテスの例

    1. 前提すべての人間は死すべき存在真
    2. 前提ソクラテスは人間真
    3. 結論ソクラテスは死すべき存在真

    判定

    形式は妥当・前提は真(健全)

  2. 推論Bペンギンの例

    1. 前提すべての鳥は飛べる偽
    2. 前提ペンギンは鳥真
    3. 結論ペンギンは飛べる偽

    判定

    形式は妥当・前提は偽(健全ではない)

推論の形式と、前提の真偽は、
別々に確認する必要がある。

なお、「妥当性」と「健全性」は現代の論理学における整理です。アリストテレス自身の議論と完全に同じ用語体系だったわけではありません。

この区別を、企業の問題解決に置き換えて考えてみます。

ある企業の売上が低迷しているとします。

担当者は「売上が低迷している原因は、ブランドの認知度が低いことだ」と考えました。

そして、認知度を向上させるために広告への投資を提案します。

この提案には、一見すると筋が通っています。

認知度が低ければ商品を知ってもらえず、購入候補にも入らない。だから広告で認知を増やそう、という考え方です。

しかし、売上が低迷している原因が、本当に認知度の低さなのかは確かめられていません。

商品の価格が競合より高いのかもしれません。購入できる場所が限られている可能性もあります。すでに十分知られているにもかかわらず、選ばれる理由が弱いのかもしれません。

この場合、広告への投資を正当化するためには、少なくとも原因についての仮説を検証する必要があります。

さらに、認知不足が事実だったとしても、広告が最善の手段であるとは限りません。費用、代替手段、期待される効果などを比較する必要があります。

厳密にいえば、この広告投資の議論は、先ほどの三段論法のような純粋な演繹ではありません。原因についての推測や、目的に照らした手段の評価が含まれています。

だからこそ、なおさら前提を確かめることが重要になります。

筋の通った説明があることと、その説明が現実に即していることは、同じではありません。

そもそも、問題は初めから決まっているのか

ここまでの議論では、問題の原因を正しく捉える必要があると考えてきました。

しかし、もう一段階考えてみたいことがあります。

私たちは、何が問題なのかを、最初から正しく定義できるのでしょうか。

例えば、ある企業が「若手社員の離職率を下げたい」と考えているとします。

人事部門は、給与水準や評価制度に問題があると考えるかもしれません。

現場の管理職は、採用段階でのミスマッチを疑うでしょう。

若手社員自身は、仕事内容や成長機会に不満を持っているかもしれません。

経営者は、離職率の低下だけでなく、組織全体の生産性や人件費とのバランスを考える必要があります。

同じ状況を見ていても、関係者によって問題の捉え方は異なります。

さらに、離職率が下がれば必ずよい組織になるとも限りません。

社員が挑戦できる環境を整えた結果、社外で新しい機会を見つけて離職する人が増えることも考えられます。

何を望ましい状態とするかによって、問題の定義そのものが変わってくるのです。

Figure 2

同じ状況でも、
問題の捉え方は一つではない

問題設定によって、検討する解決策は変わる

観察された状況若手社員の離職率が高い

  1. 評価の問題

    評価基準・報酬を検討

  2. 成長機会の問題

    配属・育成を検討

  3. 採用の問題

    期待値・選考を検討

※それぞれ検証すべき仮説であり、実際の原因や施策の効果を示すものではありません。

Wicked Problemsという考え方

こうした問題設定の難しさを考えるうえで参考になるのが、「Wicked Problems」という概念です。

1973年、ホルスト・リッテルとメルヴィン・ウェバーは、論文『Dilemmas in a General Theory of Planning』で、都市計画や公共政策などに見られる、定義や解決が難しい問題の特徴を論じました。

ここでいうWickedは、道徳的に「邪悪」という意味ではありません。

従来の分析手法だけでは、問題を明確に定義し、唯一の正解を導き出すことが難しい性質を表しています。

彼らは、その特徴として10項目を挙げています。

なかでも今回のテーマに関わるのは、次の点です。

まず、Wicked Problemsには、決定的な問題の定式化がありません。

何が問題なのかを説明しようとすると、原因や関係者、望ましい状態についての解釈が入り込みます。問題をどう定義するかによって、必要とされる解決策も変わってきます。

次に、問題が完全に解決したと判断できる、明確な終了条件がありません。

例えば、都市の交通渋滞を改善する政策を考えてみます。

交通量が減少しても、住民の移動が不便になっていれば、それを成功と呼べるでしょうか。

自動車の移動時間が短縮しても、別の地域に交通問題が移っただけなら、評価は変わるかもしれません。

さらに、解決策は単純な真偽ではなく、よいか悪いか、望ましいかどうかという観点から評価されます。

公共政策では、住民、企業、行政など、立場の異なる人々がそれぞれ違う価値を重視しています。特定の指標を改善する政策が、すべての関係者にとって望ましいとは限りません。

もう一つ重要なのは、ある問題が別の問題の症状である可能性です。

離職率の高さは、評価制度の問題かもしれません。しかし、評価制度の問題は、事業の収益構造や組織文化と関係しているかもしれません。

問題を一段階掘り下げると、さらに別の問題が現れるのです。

企業の問題はすべてWicked Problemsなのか

ここには注意が必要です。

リッテルとウェバーが中心的に扱っていたのは、都市計画や社会政策のように、複数の価値観や利害関係が交錯する問題でした。

したがって、Webサイトのリニューアルや広告施策が、すべて同じ意味でWicked Problemsに該当するとはいえません。

例えば、フォームの送信エラーが発生しているなら、原因を調査し、修正することで解決できる場合があります。

このような問題まで複雑な社会問題と同じように扱う必要はありません。

一方で、ブランドの方向性を決める、組織の評価制度を設計する、新しい事業を構想するといった場面では、そもそも何を目指すべきかについて意見が分かれることがあります。

そのような場面では、Wicked Problemsの議論が参考になります。

重要なのは、すべての問題を複雑なものとして扱うことではなく、問題の定義がすでに合意されているのか、それとも問題の定義自体を検討する必要があるのかを見極めることだと思います。

デザインは、解決策だけでなく問題の捉え方も扱う

ここまで、論理学とWicked Problemsという異なる考え方を見てきました。

では、問題の定義が一つに定まらないとき、どのように考えればよいのでしょうか。

この問いに関係するのが、デザイン理論です。

1992年、デザイン研究者のリチャード・ブキャナンは、『Wicked Problems in Design Thinking』という論文を発表しました。

ブキャナンは、デザインを単に製品の外観やグラフィックを制作する活動として捉えていません。

コミュニケーション、物理的な製品、人々の行動やサービス、複雑なシステムや環境など、幅広い領域にデザインの思考が関わることを論じています。

この考え方は、今日のサービスデザインや組織・システムのデザインを考えるうえでも興味深いものです。

案内表示を大きくすれば、買い物客は迷わなくなるのか

ブキャナンの論文には、大規模な小売店で顧客が売り場を探しにくいという問題を扱った例が登場します。

当初は案内表示を大きくする方法が試みられましたが、期待した改善にはつながりませんでした。

そこで、顧客が実際にどのように商品を探しているのかを観察します。

すると、買い物客は必ずしも案内表示だけを頼りにしているのではなく、見慣れた商品を手がかりに、売り場の場所を判断していることがわかりました。

その結果、代表的な商品を見つけやすい場所に配置する方向へと、改善の考え方が変わっていきます。

興味深いのは、案内表示のデザインを改善するという問題が、顧客の行動や商品の配置を考える問題へと変化したことです。

単に案内表示を大きくするのではなく、そもそも人は何を手がかりに売り場を探しているのかを考え直したわけです。

ブキャナンは、こうした問題の捉え直しを、デザインにおける創造的な思考の重要な働きとして扱っています。

ここで注意したいのは、問題を広げれば必ず優れた答えが得られるという話ではないことです。

重要なのは、最初に設定した対象や方法に固執せず、必要に応じて別の領域から問題を捉える余地を持つことです。

ダブルダイヤモンドが示す二つの仕事

問題設定と解決策の検討を区別する考え方は、英国のDesign Councilが2004年に公表した「ダブルダイヤモンド」にも表れています。

このモデルでは、デザインのプロセスを大きく四つの段階で説明します。

Discover(発見)では、与えられた課題をそのまま前提とせず、人々の行動やニーズ、状況を調べます。

Define(定義)では、調査から得られた情報を整理し、何に取り組むべきかを明確にします。

Develop(開発)では、複数の解決策を検討し、試作や評価を重ねます。

Deliver(提供)では、解決策を絞り込み、実際に提供できる状態にしていきます。

特徴的なのは、解決策を考える前に、問題の理解と定義に一つのまとまった段階が設けられていることです。

Figure 3

問題と解決策の両方を探索する

ダブルダイヤモンドを参考にした簡略図

何を解決するかを考える問題の探索と定義

どう解決するかを考える解決策の探索と提供

  1. Discover発見
  2. Define定義
  3. Develop開発
  4. Deliver提供

Design Council「Double Diamond」をもとに作成した簡略図です。実際のプロセスには、反復や前の段階への立ち戻りがあります。

もちろん、実際のプロジェクトがこの順番で一直線に進むとは限りません。調査や試作の結果を踏まえて、以前の段階に戻ることもあります。

このモデルは、複雑な現実を理解するための方法をわかりやすく示したものであり、すべてのプロジェクトに最適な手順を保証するものではありません。

それでも、何を解決するかを考える仕事と、どう解決するかを考える仕事を分けて捉えるうえで、参考になる考え方だと思います。

三つの理論は、同じことを言っているわけではない

ここで一度、論理学、Wicked Problems、デザイン理論の関係を整理したいと思います。

いずれも問題解決を考えるうえで参考になりますが、そもそも扱っている問いが異なります。

アリストテレスの論理学が主に扱うのは、ある前提から結論が正しく導かれているかという問題です。

推論が妥当であっても、前提が正しいとは限らない。この区別は、私たちが説明や判断の根拠を確認するうえで重要です。

一方、リッテルとウェバーが扱ったWicked Problemsは、問題そのものを明確に定義できるとは限らないという問題です。

何を望ましい状態とするかが関係者によって異なり、解決策の評価も一つの基準では決まらない場合があります。

そしてブキャナンのデザイン理論は、問題を捉える枠組みを変えることが、異なる解決策を構想する可能性につながることを考えさせます。

これらは異なる時代に、異なる目的で議論されてきたものです。

アリストテレスが現代のブランド戦略を論じたわけでも、リッテルとウェバーがWeb制作のプロセスを説明しようとしたわけでもありません。

だから、一つの理論が別の理論を証明していると考えるべきではないでしょう。

ただ、それぞれを比較してみると、私たちが問題解決と呼んでいる活動には、少なくとも複数の異なる判断が含まれていることがわかります。

何を事実として扱うのか。

何を問題だと考えるのか。

どのような状態を望ましいとするのか。

そして、その状態を実現するために、どの手段を選ぶのか。

普段は一続きの仕事として考えていることも、こうして分けると、それぞれ別の根拠が必要であることに気づきます。

問題を疑い続ければ、よい結果につながるのか

ここまで、問題設定の重要性を考えてきました。

しかし、問題の捉え方を疑うことが重要だとしても、それだけで優れた成果が生まれるわけではありません。

むしろ、問題設定を重視しすぎることにも危険があると思います。

問いを深めることと、判断を先延ばしにすること

あらゆる問題には、その背後に別の問題が存在するかもしれません。

売上が低いのは認知不足だからなのか。

認知不足の原因は、商品に特徴がないからなのか。

商品の特徴が伝わらないのは、企業のブランド戦略が曖昧だからなのか。

そのブランド戦略が曖昧なのは、経営方針が整理されていないからなのか。

このように問題を掘り下げていくと、どこまでも問いを広げられてしまいます。

しかし、企業が使える時間や予算には限りがあります。

すべてを理解してから行動しようとすれば、いつまでも何も実行できなくなるでしょう。

一方で、十分な調査を行わず、最初に思いついた解決策を実行すれば、誤った前提のまま投資を進めてしまう可能性があります。

この両方を避ける必要があります。

Wicked Problemsという概念自体にも批判がある

Wicked Problemsについても、すべての研究者が同じように評価しているわけではありません。

例えば、ターンブルとホッペは2019年の論文で、Wicked Problemsという概念は広く使われる過程で意味が曖昧になり、必ずしも独立した問題の分類として有効ではないと批判しています。

また、テルメールらも2019年の研究で、Wicked Problemsと通常の問題を単純に二分するのではなく、問題の複雑さ、不確実性、関係者間の対立などを、程度や次元の違いとして捉える議論を紹介しています。

こうした批判を踏まえると、ある問題にWickedという名前を付けるだけでは、何も解決しません。

大切なのは、なぜその問題の定義が難しいのかを具体的に理解することです。

必要な情報が不足しているのか。

原因が複数存在しているのか。

関係者の目的が一致していないのか。

それとも、解決によって生じる影響を十分に予測できないのか。

問題の難しさにも種類があります。

単に「この問題は複雑だ」と結論づけるのではなく、何が不確かで、どこまで確かめれば判断できるのかを考えることが必要だと思います。

適切な問題設定とは、正解を見つけることなのか

問題設定という言葉には、少し気になるところがあります。

それは、どこかに本当の問題が隠されていて、十分に調査すれば、必ずそれを発見できるという印象があることです。

もちろん、事実関係を調べることで、原因が明らかになる場合はあります。

しかし、複数の価値観や利害が関係する問題では、何を問題として扱うか自体が一つの選択になります。

例えば、ある企業が採用活動の改善を検討しているとします。

応募数を増やすことを問題として設定すれば、広告や採用サイトの集客改善が有力な選択肢になるかもしれません。

応募者と仕事との適合度を高めることを問題にすれば、仕事内容の伝え方や選考方法が重要になります。

入社後の定着を課題とするなら、採用活動だけでなく、配属や育成、評価制度まで検討する必要があるでしょう。

どれも問題設定として成立する可能性があります。

そして、それぞれ実行すべき施策も、成果を測る指標も変わってきます。

ここで重要なのは、すべての問題を一度に解決しようとすることではありません。

組織の目的や制約、利用できる情報を踏まえて、何を優先するかを判断する必要があります。

つまり、適切な問題設定とは、唯一の正解を発見することだけではないのだと思います。

何を目指すのか。

そのために、なぜこの問題を優先するのか。

ほかの捉え方もあるなかで、どうしてこの問題設定を選ぶのか。

その判断を説明できることが重要なのではないでしょうか。

問題設定には、仮説と価値判断の両方がある

ここで、私自身が区別しておきたいと感じたことがあります。

一つは、何が起きているのか、なぜ起きているのかという事実に関する問題です。

もう一つは、どのような状態を目指すべきかという価値判断の問題です。

売上低迷の原因が何なのかは、調査や検証によって確かめられる可能性があります。

しかし、短期的な売上を最大化すべきなのか、長期的なブランドの信頼を優先すべきなのかは、データだけで自動的に決まることではありません。

その判断には、企業として何を大切にするのかという意思が関わります。

事実を正しく理解することと、目指す状態を選ぶこと。

両方が必要であり、どちらか一方で済ませることはできません。

解決策を考える前に、何を確かめたいか

今回の学習を通して、改めて考えたのは、問題解決に取り組む際の最初の姿勢についてです。

Webサイトをつくる。広告を出す。新しいサービスを企画する。組織の制度を変える。

仕事では、何を実行するかを決める場面が数多くあります。

そのとき、自分の専門性や経験をもとに、実現できる施策を考えることは自然です。

しかし、実現できることと、実行すべきことは同じではありません。

私は、少なくとも次のような点を区別して考える必要があると思っています。

まず、提示された課題が、事実と仮説のどちらに基づいているのか。

次に、その課題について、関係者が同じ問題を思い浮かべているのか。

そして、何を実現できれば成功と呼べるのか。その基準は誰にとって望ましいものなのか。

最後に、その問題設定を選んだ場合、検討対象から外れるものは何なのか。

これらを確認したからといって、必ず正しい判断ができるわけではありません。

それでも、問題の捉え方を自覚しないまま解決策を選ぶ場合と比べれば、自分たちが何を前提に判断しているのかを説明しやすくなります。

また、実行後に期待した結果が得られなかった場合にも、施策の品質が問題だったのか、原因についての仮説が誤っていたのか、それとも目標の設定に問題があったのかを考え直すことができます。

重要なのは、問題設定を一度決めたら変えないことではありません。

調査や実行によって新しい事実がわかったとき、必要であれば問題の捉え方から見直せることだと思います。

おわりに|正しい答えの前に、正しい問いはあるのか

今回取り上げた三つの考え方は、同じ問題を扱っているわけではありません。

アリストテレスの論理学は、前提と結論の関係を考える手がかりになります。

Wicked Problemsの議論は、問題が最初から明確に定義されているとは限らないことを教えてくれます。

そしてデザイン理論は、問題の捉え方を変えることが、新しい解決策を生み出す可能性につながることを示しています。

ここから私が考えたのは、優れた問題解決には、解決策の品質だけでなく、何を問題として捉えたのかについての説明が必要だということです。

ただし、「正しい問いさえ立てれば、正しい答えが見つかる」という結論にもしたくありません。

問題の定義には、事実についての仮説だけでなく、何を大切にするのかという価値判断も含まれるからです。

ある人にとって望ましい解決策が、別の人にとっても望ましいとは限りません。

だからこそ、最初に与えられた問いをそのまま受け入れるのでも、際限なく疑い続けるのでもなく、何を根拠にその問いを選ぶのかを考えたいと思います。

これまでは、優れた解決策を考えることに意識が向いていました。

しかし、その前に、何を問題として考えているのかを確かめることにも、もっと時間を使ってよいのかもしれません。

私たちは、本当に解くべき問題に向き合っているのでしょうか。

その問いを持ち続けることも、クリエイティブな仕事の一部なのだと思います。

参考文献

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  2. Stanford Encyclopedia of Philosophy, Argument and Argumentation(新しいタブで開きます)。現代論理学における妥当性と健全性の解説。
  3. Rittel, H. W. J., & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a General Theory of Planning(新しいタブで開きます). Policy Sciences, 4, 155–169.
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  7. Turnbull, N., & Hoppe, R. (2019). Problematizing 'wickedness': a critique of the wicked problems concept, from philosophy to practice(新しいタブで開きます). Policy and Society, 38(2), 315–337.
  8. Termeer, C. J. A. M., Dewulf, A., & Biesbroek, R. (2019). A critical assessment of the wicked problem concept: relevance and usefulness for policy science and practice(新しいタブで開きます). Policy and Society, 38(2), 167–179.

本文中の事例は、ブキャナンの論文で紹介される小売店の事例を除き、論点を説明するための仮想例です。